深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
ドラマの第一話が放送された翌朝から、レコード会社の制作フロアはかつてない熱狂の渦に巻き込まれていた。
鳴り止まない外線電話のコール音。
フロアを小走りで飛び交うスタッフたち。
「はい、主題歌のCDリリースは来週水曜となります。……ええ、初回限定盤の問い合わせですね、少々お待ちを!」
インカムを押さえながら、柚子は的確に各所の対応に追われていた。
『Chamomile』の反響は、予想を遥かに超えていた。
ドラマのクライマックスで流れた『蒼』の歌声は、SNSのトレンドを一夜にして独占し「あの神曲は誰が歌っているのか」「涙が止まらない」という絶賛の声が嵐のように巻き起こっているのだ。
「野口さん! 今朝のストリーミング配信、デイリーランキングぶっちぎりの一位だ! 歴代の初日再生数、更新したぞ!」
真下が興奮した面持ちで、プリントアウトしたばかりの速報データを掲げて駆け寄ってきた。
「本当ですか!? 真下さん、やりましたね!」
「ああ! お疲れ、野口さん!」
パンッ! と、二人は満面の笑みで力強いハイタッチを交わした。
橋本も「お前ら、最高の仕事したな」と目を細めて労ってくれる。
広報の相良に至っては、感極まって少し泣きそうになっているほどだ。
自分が信じ、愛した才能が、こうして世界中から求められ、評価されている。
A&Rとして、これ以上の誇りと喜びはない。
柚子は胸の奥から込み上げる熱い達成感を噛み締めていた。
ようやく夕方の休憩に入り、デスクで一息ついた時だった。
社用ではなく、私用のスマートフォンが短く震えた。
画面に表示されたのは『奏翔さん』からのメッセージだ。
『ランキング、見ました。柚子さんのおかげです』
『でも、問い合わせが多すぎて、今日はまだ帰れそうにありません。もう少しだけかかりそうです。ごめんなさい!』と返信すると、すぐに既読がつき、次の一文が送られてきた。
『……早く会いたいです』
たった一行の文字から、彼の不満げで、甘く執着に満ちた声が聞こえてくるようだ。
今まさに世間を熱狂させている孤高のアーティストが、家で自分の帰りを待ちわびて拗ねている。
その圧倒的なギャップに、柚子は思わず口元を手で覆い、一人で赤面した。
先ほどまで完璧に張り付いていた仕事用の仮面が、一瞬で熱を帯びて、ただの『恋人』の顔へと溶けていく。
「……よしっ!」
柚子は気合を入れるように両頬をパンと叩くと、残りの業務を片付けるべく勢いよく立ち上がった。
「野口さん? どうしたの、急に元気になって」
相良が不思議そうに首を傾げる。
「残りの確認事項、マッハで終わらせます! 私、今日は絶対に……あと一時間で退社しますから!」
世界中のファンがどれだけ彼を求めても、今夜、彼を独占できるのは自分だけだ。
足早にフロアを駆ける柚子の足取りは、羽が生えたように軽かった。
鳴り止まない外線電話のコール音。
フロアを小走りで飛び交うスタッフたち。
「はい、主題歌のCDリリースは来週水曜となります。……ええ、初回限定盤の問い合わせですね、少々お待ちを!」
インカムを押さえながら、柚子は的確に各所の対応に追われていた。
『Chamomile』の反響は、予想を遥かに超えていた。
ドラマのクライマックスで流れた『蒼』の歌声は、SNSのトレンドを一夜にして独占し「あの神曲は誰が歌っているのか」「涙が止まらない」という絶賛の声が嵐のように巻き起こっているのだ。
「野口さん! 今朝のストリーミング配信、デイリーランキングぶっちぎりの一位だ! 歴代の初日再生数、更新したぞ!」
真下が興奮した面持ちで、プリントアウトしたばかりの速報データを掲げて駆け寄ってきた。
「本当ですか!? 真下さん、やりましたね!」
「ああ! お疲れ、野口さん!」
パンッ! と、二人は満面の笑みで力強いハイタッチを交わした。
橋本も「お前ら、最高の仕事したな」と目を細めて労ってくれる。
広報の相良に至っては、感極まって少し泣きそうになっているほどだ。
自分が信じ、愛した才能が、こうして世界中から求められ、評価されている。
A&Rとして、これ以上の誇りと喜びはない。
柚子は胸の奥から込み上げる熱い達成感を噛み締めていた。
ようやく夕方の休憩に入り、デスクで一息ついた時だった。
社用ではなく、私用のスマートフォンが短く震えた。
画面に表示されたのは『奏翔さん』からのメッセージだ。
『ランキング、見ました。柚子さんのおかげです』
『でも、問い合わせが多すぎて、今日はまだ帰れそうにありません。もう少しだけかかりそうです。ごめんなさい!』と返信すると、すぐに既読がつき、次の一文が送られてきた。
『……早く会いたいです』
たった一行の文字から、彼の不満げで、甘く執着に満ちた声が聞こえてくるようだ。
今まさに世間を熱狂させている孤高のアーティストが、家で自分の帰りを待ちわびて拗ねている。
その圧倒的なギャップに、柚子は思わず口元を手で覆い、一人で赤面した。
先ほどまで完璧に張り付いていた仕事用の仮面が、一瞬で熱を帯びて、ただの『恋人』の顔へと溶けていく。
「……よしっ!」
柚子は気合を入れるように両頬をパンと叩くと、残りの業務を片付けるべく勢いよく立ち上がった。
「野口さん? どうしたの、急に元気になって」
相良が不思議そうに首を傾げる。
「残りの確認事項、マッハで終わらせます! 私、今日は絶対に……あと一時間で退社しますから!」
世界中のファンがどれだけ彼を求めても、今夜、彼を独占できるのは自分だけだ。
足早にフロアを駆ける柚子の足取りは、羽が生えたように軽かった。