深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった

第十八話 Chamomile

 20XX年十二月。

 楽曲『Chamomile』は正式にリリースされ、大ヒットドラマの主題歌として街中に溢れだした。
 誰もが正体不明のアーティスト『蒼』の、美しくも切なく歌い上げる愛の旋律に酔いしれ、その女神が誰であるかを想像して楽しんでいた。

『ご当地ラーメンを贅沢に食べ比べする会』なる招待状が届いたのは、年末進行のばたばたが、なんとか目途が尽きそうになった頃。

 差出人は『LAMPに集う深夜2時の住人たち』。
 柚子だけではなく、九条のスマートフォンのメッセージアプリにも同様の通知が入っていた。

「この日って、確かドラマの打ち上げなんですよね」

 珍しく早起きした柚子は、この所積極的に料理にも挑戦している。
 柚子謹製少し焦げたトーストと、崩れた卵焼き。
 昨晩、柚子よりももっと遅くまで仕事に没頭していた九条が、画面を見せながらコーヒーを口に運ぶ。

「あー……俺、ダブルブッキングしちゃってます。打ち上げを途中抜けして、別件で、打合せ兼ねた会食入ってるんです」

「さすが、私の自慢の恋人です。超人気者」

「……嫉妬、します?」

「仕事には嫉妬しません! むしろライバルですよ! 私も負けずに頑張らないとって」

 力こぶを作ってみせてくる柚子に、九条はくすくすと嬉しそうな忍び笑いをもらした。
 そして、立ち上がったかと思うと、背後から柚子の腰に腕を回し、その肩にすっぽりと顎を乗せる。

「奏翔さん、重い……っ、それに朝から」

「充電です。夜まで柚子さんに会えないなんて、耐えられない」

 九条は柚子の首筋に甘いキスを一つ落とすと、彼女が作った少し焦げたトーストを自分の口へと運んだ。

「うん。世界で一番美味しい朝食だ」

 そう言って蕩けるように微笑むこの男が、世間を熱狂させている孤高のアーティストだなんて、誰が信じるだろうか。
 柚子は呆れたように笑いながら、回されたその腕に自分の手を重ねた。
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