深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 カウンターで、アルバイトのレイ君と、額を突き合わせるようにひとつのタブレットを見ていた芸人のトシさんが、満面の笑みで迎えてくれた。
 どうやら本日の主役である「ご当地ラーメン」は、最近地方ロケの仕事が増え始めたトシさんの土産らしい。

 奥のソファ席では、結城さんと、久しぶりに見る徹さんが、なぜか高級ワインのグラスを片手にカップラーメンを啜るという奇妙な光景を繰り広げている。
 アルバイトのレイ君は「今度、小さな劇団ですけど舞台決まったんですよ!」と嬉しそうに報告しながら、お湯を沸かすのに奔走していた。

 柚子は、ちょうど化粧室から出てきた香奈さんに誘われて、カウンターの一席に陣取る。

「レイ君、ビールおかわり~!」

 香奈さんが声を掛けると、パントリーから戻って来たマスターが「今、そんなに飲むと、三杯目の函館塩ラーメンが食べられませんよ」と静かに窘めた。

「食べる! ゆずちゃんも食べるでしょ?」

 普段の食事メニューは、マスターが気が向いた時だけのラザニアや、オニオンリング、ドライフルーツ入りの自家製ヨーグルトくらいしかないこの店が、今日だけは完全にラーメン屋の熱気を帯びている。
 そのひどく日常的で、温かい騒がしさに、柚子は自然と頬を緩めた。

「いただきます。……すっごく、美味しい」

 華やかな立食パーティよりも、皆で啜るジャンクなラーメンの味が、今の柚子には何よりの御馳走だった。

 ひとしきりラーメンを堪能し、皆の近況報告で盛り上がった後。

 少し落ち着きを取り戻した店内に、静かな音が流れ始めた。
 ピアノの繊細なイントロ。
 街中で嫌というほど耳にする、あの曲だ。

「ゆずちゃん」

 カウンター越しに、マスターが琥珀色の液体が入ったカップを差し出した。
 いつものカモミールティーだ。

「この曲、やっぱりいい曲だね。最近はこればかりリクエストされるよ」

「そうですね……。私も、いい曲だと思います」

「誰に向けて書かれたか、知ってるの?」

 柚子はカップを両手で包み込み、少しだけ悪戯っぽく笑って、湯気の向こう側を見つめた。

「……さあ。誰でしょうね」

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