深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
「えっと、今、仕事も偶然一緒にすることになって、それで今日、来季のドラマの制作発表会があって。……九条さんの……昔お付き合いされていた方が来ていて……」
「元カノ?ってこと?」
「渡会麗子さん、です」
その名を聞いた瞬間、香奈さんが「あー……」と、心当たりがあるような声を漏らした。
「知ってるんですか」
「数年前にそういう噂があったのは有名よ。事実だったのね」
柚子は再びカップの底を見つめた。
「二人の空気感がすごく特別に見えて。……それを見ていたら、なんだか。自分と九条さんの間にある距離みたいなものが、急に怖くなってしまったんです」
「距離って、世界が違うとか、そういうこと?」
トシさんの問いに、柚子は小さく頷いた。
「格差というのか、何なのか。九条さんの周りにいる人たちと、私の持っている『普通』が、あまりにも違いすぎて」
店内に、しばしの沈黙が流れた。
雨音だけが地下の階段を通じて微かに響く。
やがて、トシさんがいつになく真面目な顔をして口を開いた。
「ゆずちゃん」
「はい」
「俺さ、ゆずちゃんがこの店にはじめて来た時も、九条さんが最初にここに来た日も、知ってるんだけど」
「そうですね」
「あの人さ。……最初から、ゆずちゃんのことしか見てなかったよ」
柚子の心臓が、ドクンと跳ねた。
「言わなかったけどさ」とトシさんが言葉を続ける。
「ゆずちゃんがあの人の正体に気づいてなかった頃、実は、みんな知ってた。俺も一応業界の人間だし。でも誰も教えなかっただろ? なんでか分かる?」
「なんで、ですか」