深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
「例えば、恋人同士は手を繋いで歩いたりするでしょう? ハグもキスもするし、同じベッドでも眠るかもしれない。そういった些細な事で体温が触れ合ったり。ん――上手く説明できないんですけど、そういうものは、あの頃の自分には一切不要で……別れ際、彼女に言われました。『あなたは、私のことを好きじゃないのね』と」

「……」

「何も、言い返せませんでした。彼女が間違っていると言い切れるだけの言葉を、当時の俺は持っていなかった。何に重きを置き、何を考えて生きているのか。それを彼女に伝えられなかったのは、俺自身の問題でした」

 だから、あの会場で再会した時も、九条は「否定できなかった自分」を思い出して立ち止まっていたのだ。

「正直に言います。柚子さんと出会う前だったら、彼女の誘いにどう応えていたか分かりません。……けれど、今は違います。貴女がいるからです。それだけです」

「分からない」という言葉が、これほどまでに誠実に聞こえることがあるだろうか。
 
 嘘のない彼の告白に、柚子の胸の奥が熱くなる。

「その……昔は相手に対して、言葉にして伝えることが出来なかった自分が嫌だったから、今は、ちゃんと言ってくれる、ってことでしょうか?」

「はい。逃げるのは、もう終わりにしたい」

 九条の瞳が、柚子を真っ直ぐに射抜いた。

「柚子さんが好きです。さっきLAMPでも言いましたが、あの曲は……カモミールティーを隣で飲むあなたを思って作ったんです」

「……ありがとう、ございます」

 テーブルの上で、冷めかけたカモミールティーが静かに揺れている。

「柚子さん」

「……はい」

「さっき、呼んでくれましたよね。俺のことを名前で」

 柚子は顔を赤らめ、視線を泳がせた。

「……奏翔さん。話してくれて、ありがとうございます」

 九条は少しだけ目元を和らげ、柚子の手にそっと触れる。
 温もりを確かめるよう、握りこまれた。

「こちらこそ。逃げてきたことも、怖がらせたことも、全部受け止めてくれてよかった。……柚子さんが自分で気付くのを、ずっと待っていたんです。俺が、あなたを選んでいるということに」

 窓の外、雨の音はまだ続いている。

「あの、奏翔さん」

「はい」
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