深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
「じゃあ、私はここで」

「はい。お疲れ様です。いってらっしゃい」

 えっ、と柚子は足をとめた。

 家族でも恋人でもない、ただの隣人にかけられたその言葉は、予想外に温かく、柚子の心の無防備な場所をすとんと突いた。

 彼はどうやら、電車に乗るわけではないらしい。

 改札を通りながら、ふと振り返ると、彼はまだそこに立っていて、通勤客の波に逆らうように一人だけ静止し、どこか茫洋と遠くを見ている。

 何を考えているんだろう、と思ったのは一瞬だけ。



 結局、今夜も会社を出たのは日付を跨ぐ辛うじて手前。
 何をどう頑張っても、てっぺん近くになってしまう、と思いながら終電の時刻を確認して、ぎりぎり乗れることに気づいてホームを走る。

 中目黒駅に着いて、一瞬だけ考えたものの、足は無意識のままカフェの方へ向かっていた。

 帰ってもどうせすぐには眠れない。

 地下への階段を降りて、ドアを開けると、いつもの空気が出迎えてくれた。

 カウンターにトシさん。
 奥のソファに結城さん。
 マスターが磨いていたグラスを置く。

 そして、カウンターの端に――昨夜の彼がいた。

「あ、今朝ぶりです」

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