One year left -家族ごっこ-
私はあえて軽い声を意識した。


「家族のラインは、知っておいたほうがいいもんね」


碧くんから空のグラスを受け取ると、すぐに背を向けてキッチンへと向かう。


シンクに水を流し、スポンジに洗剤をなじませて、柔らかな泡でガラスを洗いはじめた。


その単調な音のすぐ横に、大きな影が近づいてくる気配がする。


「この前言ってた、消えるって何?」 


その低い声に、蛇口から出る水の音が、急に遠くなった気がした。


満開の八重桜の下で、ぽつりと零してしまったあの本音を、彼が鮮明に覚えているのだと瞬時に察してしまう。


「消えるって言い方が変だったね。高校を卒業したら、家を出るってことだよ」 


努めて平然とした声を装う。


「じゃあ、なんで泣いたんだ?」 


碧くんの声がさらに一段と低くなって迫ってきた。


逃げ道を塞ぐような、追及。


「自分でも、本当によく分からないの」


「家を出たくないってことなんじゃないの?」


「それは違う」 


蛇口を閉め、泡の消えたスポンジを強くしぼった。


水滴がシンクに落ちるかすかな音を聴きながら、それをラックの上へと置いたとき、私の指先は、驚くほど冷たくなっていた。
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