One year left -家族ごっこ-
「……言っていい?」


彼は先ほどまでの穏やかさを消して、少し真剣な顔をした。


「俺、我慢してたんだけど、昨日も遅くまでバイトだったから眠くてさ」


「それじゃあ、家に帰って寝てください」


「まだ萩花と一緒にいたいんだよね」


「でも……」


「少し寝たら元気になるから、それまで一緒にいてくれない?」


「いいですよ。でも、どこで寝るんですか?」


「んー」


蓮己さんは少し考えてから、私の手を握った。


大きな、けれど熱を持たない手のひらが、不意に私の指先を包み込んでいく。


「こっちにきて」


手を繋いだまま、駅前の華やかさから完全に切り離された、狭い路地を歩く。


やがて大きな建物が見えてきて、看板の文字が私の目に冷たく飛び込んできた。


その不自然にきらびやかな入り口の前で、私の足が完全に止まる。


「私、外泊はできないです」


逃げるように、すぐに言葉を返した。


「少し仮眠するだけの短時間利用もできるんだよ」


蓮己さんは、私の手をさらに強い力で握り直した。


指の骨がかすかにきしむような強さ。


「でも……」


知識の乏しい私にさえ、はっきりと理解できた。


ここは、そういう行為をするための場所だ。


自分自身の不可侵な領域のなかに、滑らかに他人が侵入してくる恐怖に、私の全身がすくみ上がってしまう。


怖くなって、繋がれた手を必死に引き剥がそうと試みる。


「俺、誰にも邪魔されずに萩花と二人でいたい」


蓮己さんは私の手を決して離そうとはしなかった。


流れる血のすべてが、激しい拒絶のうねりに暴れだしていく。


脳裏を、あの圧倒的な琥珀色の熱が強烈に過(よぎ)った。


蓮己さんが私の手を引き、敷地の中へと一歩、力強く歩き出そうとする。
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