One year left -家族ごっこ-
「良かった」


蓮己さんはそう言って視線を落とすと、机の上に教科書と問題集を静かに広げた。


「今日で最後にしよう。俺も目ぇ覚めた」


蓮己さんが前髪をかき上げ、ハーフアップの髪を強く結ぶ。


窓から差し込む放課後の、まだ白さを残した柔らかな陽光を浴びて、その横顔は、今までで一番、男らしく見えた。


「わかりました。じゃあ、これだけ、お返しします」


私は昨日の食事代とクレーンゲームの分のお金を、そっと机の上に置く。


「そうゆうのは、いらない」


差し出したお金を、滑らかに突き返される。


「でも……」


「彼氏とのデートにでも使いなよ」


彼はニコッとえくぼを見せて笑った。


そして、私の首元を指先で指差す。


「取れてるよ?」


「え?」


意味が分からずに自分の首元に触れる。


指先に触れたのは、めくれた粘着テープの不快な質感だった。


「バンソーコー」


一気に、猛烈な恥ずかしさが押し寄せる。


昨日、自室のベッドの上で碧くんに強引につけられた、あの鮮烈な痕。


それを隠すための絆創膏が半分剥がれて、赤い痕が小さく露出してしまっていた。


それを彼氏の印だと誤解した蓮己さんの言葉に、私から弁明できる言葉なんて、何ひとつ出てこなかった。


「俺もちゃんと彼女と向き合わないとな」


蓮己さんが、どこか吹っ切れたように明るく笑った。


そして、それからすぐ、蓮己さんは学校を退学した。


寂しくないと言ったら嘘になるけれど、彼は自分の足で、新しい道を進み始めたのだ。


そのきっかけに、私の存在が少しでも役に立てたのなら嬉しい、と思う。


人は誰もが、別れゆくもの。


放課後の、もう誰もいないひっそりとした教室。


少し傾きかけた陽の光がぽつりと空いた彼の机を淡く照らしていた。


私はその静寂を見つめながら、蓮己さんの幸せを静かに願った。
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