One year left -家族ごっこ-
明けて、職場見学の当日。


見上げるほどにそびえ立つ、ガラス張りの本社ビル。


その飾り気のない入り口を前にした瞬間、私の喉の奥が、からりと乾いた音を立てて塞がった。


「いってらっしゃい」


おじさんが、いかにも楽しんできなさいという風に、気さくな笑顔を向けてくれた。


「終わったら、連絡してね」


お母さんが微笑みながら手を振る。


「行ってきます」


私は引き攣る頬に明るい笑みを張り付けた。


襲いかかる緊張を必死で誤魔化すように、ポケットに忍ばせていた桃色の貝殻を、布地越しにぎゅっと握りしめる。


「……頑張れよ」


碧くんが私を強く射すような視線を向ける。


「うん」


振り返る直前。


お母さんたちの視線の死角で、碧くんの大きな手が、私の指先を一瞬だけ、力強く握りしめる。


彼の手の温もりだけで、張り裂けそうな緊張が溶けていく。


ポケットのなかの貝殻が、彼の体温を吸い上げて熱を帯びていくようだった。


「待ってる」


碧くんの声が、周囲の騒音をすべて塗り潰して、私の鼓膜に直接届く。


私はその強い熱を感じながら、一人、ガラスの自動ドアの向こうへと歩みを進めた。


背後で、自動ドアが閉まる。


世界は一気に静まり返った。
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