One year left -家族ごっこ-
碧くんは私から視線を外したまま、低い声で言った。


「飯、食いに行かない?」


お母さんたちを置いたまま、私たちは歩き出した。


無機質なアスファルトを踏みしめて数歩進んだとき、前方から歩いてきた一人の女性が、私たちの横を通り過ぎざる一瞬、小さく息を呑んだのが分かった。


女性が、香水の匂いを残して振り返る。


「……碧?」


二人同時に、足を止めて振り向いた。


柔らかなブラウンの髪。


洗練された服に身を包んだ、完全に都会に溶け込んだ綺麗な女性だった。


「……星来(せいら)?」


隣に立つ碧くんの身体が、一瞬だけ硬直したのが伝わってくる。


「久しぶりだね……」


星来と呼ばれた女性が、驚きと切なさを滲ませて口元を手で覆った。


「どうして、碧がここにいるの?」


「旅行で」


短い碧くんの返事を受けて、そのひとの視線が私へと注がれる。


「……彼女、と?」


「いや、家族で」


ドキリと、私の心臓が不快な重低音を立てた。


「家族?」


「俺の親父、再婚したから」


「そうなの!? おめでとう!」


このひとの親密な口ぶりから、碧くんの過去を深く知る特別な存在なのだと、瞬時に察した。


胸の隙間を、ざらついた冷たい風が吹き抜けていく。
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