One year left -家族ごっこ-
あのひとが去ったあとのテーブルには、冷え切った料理と、半分溶けたアイスコーヒーの氷だけが残されていた。


重苦しい沈黙が、私たちの間に横たわる。


誰、と。


その一言が、どうしても喉の奥に引っかかって出てこない。


聞きたくなかった。


碧くんの口から、かつて本気で好きだった人という明確な言葉を突きつけられるのが、たまらなく嫌だった。


「……誰って、聞かないの?」


不意に、正面から碧くんの声が静かに私の鼓膜を揺らした。


見上げると、彼はハンバーグの皿を遠ざけ、私の瞳をまっすぐにじっと見つめていた。


「……聞かない」


低い息遣いをコントロールしながら、私は極限まで短い一文をきっぱりと返した。


必死に声の温度を奪い、何でもないように紡いだ私の言葉に碧くんはそれ以上何も言わなかった。


拒絶するように突き放したけれど、私の内心はちっとも穏やかではいられない。


お盆にあのひとは帰省すると言っていた。


近々連絡するとも言っていた。


それはつまり、地元で碧くんと会う約束をするということだろうか。


毎日疲れていると言っていたあのひとは、本当は都会に馴染めず、地元に、碧くんの元に帰りたいと思っているのではないか。


……まだ、碧くんのことが好きなの?


問いかけが、頭のなかで呪文のようにぐるぐると渦巻いて、逃げ場のない焦燥となって私を蝕んでいく。


結局、大当たりが止まらなかったというお母さんたちと夕方に合流し、私たちは夜の飛行機へと乗り込んだ。


鼓膜を震わせる轟音とともに、飛行機が離陸していく。


窓の外には、まるで星屑を散りばめたように眩しい都会の人工光が広がっていたが、それもまたたく間に小さく縮んで消えていった。


お母さんは隣の席でおじさんに寄り添い、楽しそうに今日一日の思い出を語り合っている。


私は窓ガラスに額を押しあて、真っ暗な夜の雲の海を見つめていた。


頭のなかを占拠するのは、星来という名前と、碧くんが一瞬だけ見せたあの硬直。


私は来年、ここへ来る。


碧くんのいない、誰も私を知らない世界で、一人で生きていく。


私はただ、手の中にある桃色の貝殻のお守りを、誰にも見えない暗闇のなかで強く、強く握りしめていた。
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