One year left -家族ごっこ-
私は気付けば声を上げていた。 


「おじさん、車を停めて!」 


「どうしたの? 忘れ物かい?」 


バックミラー越しに、おじさんが目を丸くしてこちらを見る。


「やっぱり、私は温泉に行かない」


「萩花、急にどうしたの!?」 


助手席でお母さんが鋭く声を上げ、驚いたように身を振り返った。


不快な摩擦音を立てて車が路肩へと引き寄せられ、完全に停止するよりも早く、私はシートベルトを弾き飛ばした。


「お母さん、ごめんなさい。どうか、二人で楽しんできて」


戸惑いを見せるお母さんの肩に、私は後ろからそっと手を触れた。 


唖然とする二人を残したまま、私は重いドアをこじ開けて、外の沸き立つ空気の中へと飛び出す。


背後でお母さんが私の名前を呼ぶ金切り声が聞こえたけれど、私が足を止めることはなかった。 


陽射しを吸って温まったアスファルトが、靴の底を通して足元を容赦なく呑み込んでくる。


吐き出す息がまたたく間に高ぶり、吸い込む空気が、喉をかすかに震わせた。


おじさんの車で下ってきたばかりの緩やかな坂道を、今度は一人でがむしゃらに駆け上がっていく。


まとわりつくような重苦しい夏風が、前に進もうとする身体を何度も押し戻そうとした。 


額から流れた汗が目に入り、視界が歪む。


それでも、走る足を止めることなんてできなかった。
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