One year left -家族ごっこ-
重い沈黙が流れるなか、墓石の前に供えられた紫ピンクの可憐な小花に気がついた碧くんが、低く呟いた。


「……その花、萩(ハギ)の花だ」


「萩の花?」


「萩花と同じ名前だよ」


思いがけない言葉を碧くんから受け取った私の前で、お母さんは墓石の前に揺れるその花へとゆっくりと視線を移した。


「お父さんが好きな花だったの。萩花、あなたの名前もこの花が由来なのよ」


懐かしい思い出をたぐるように語るお母さんの言葉が耳に届いた瞬間、脳裏の奥底で、ずっと忘れていたはずの幼い日の記憶が、霧が晴れるようにくっきりと形を結んでいった。


あの日、あの公園で、お父さんと二人で歩いた最後の景色。


視界を埋め尽くすようにしてしだれ咲いていた、鮮やかな萩の花。


お父さんは私の小さな手を大きな手のひらで包み込み、優しく風に揺れる花々を見つめながら、温かい声でこう教えてくれたのだ。


“この花はね、どれだけ冬の寒さに晒されても、根っこは絶対に死なないんだ。そうして次の季節には、必ずまた、たくましく綺麗に咲き誇るんだよ”


だから、萩花。


お前もこの花みたいに、どんなに寒くて寂しい季節が来ても、絶対に負けずに綺麗に咲き誇る強い子になるんだよ、と―― 。


萩の花の美しさと、名前を教えてくれたお父さんの優しい眼差し。


その記憶のすぐ後ろに、固い地面の質感や、倒れているお父さんの大きな背中が、凄まじい恐怖となって思考を鋭く突き刺していく。


あまりの悲劇の衝撃に、私の心はあの日から、名前の由来ごとすべての記憶を暗闇の奥へと封じ込めていたのだ。


視界が涙でみるみるうちに滲んでいく。


けれど、それは悲しい涙じゃなかった。


お父さんは、一生メソメソ泣いていてほしくて、命を賭けて守ってくれたんじゃない。


どんなに苦しい冬が来ても、絶対に折れずに前を向いて笑える強い子になるんだよって、あの日の公園で、まっすぐな愛とともに願いを託してくれていたんだ。
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