One year left -家族ごっこ-
お母さんが、リビングに入ってきた彼に明るく声をかける。


「碧くん、おはよう」


「……おはようございます」


碧くんは少し低めの声で応じると、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出し、手元のグラスに静かに注いだ。


それを一口ごとに喉を収縮させて、一気に飲み干す。


シャワー上がりの濡れた髪から、微かに水滴が滴っていた。


昨日触れた彼のひんやりとした肌の感触が不意に脳裏へ蘇り、私は逃げるように食器を片付け始める。


「朝ごはんは、食べていく?」


「うん」


お母さんは嬉しそうに、手際よく次の準備をし始める。


「おばさん、」


「なに?」


「……これからは、帰りが遅くなったり、外泊する日は事前に連絡入れるから」


私は思わず手を止め、息を呑んで碧くんの顔を見つめた。


「あら、本当? ありがとう、碧くん」


お母さんが安堵に満ちた笑顔で返事をする。


だけど、碧くんはご飯をよそうお母さんではなく、隣のシンクで食器を洗う私を見つめていた。


そのまっすぐな視線に捕えられた瞬間、胸がせつなく締め付けられて、あたたかな何かが次々と溢れてくる。


ちゃんと、約束を守ってくれたのだ。


昨日あれだけ激しく翻弄された憎らしさはどこかへ消えて、私は気付けば、碧くんに向かって自然と笑いかけていた。
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