One year left -家族ごっこ-
満開の花びらが、私たちの隙間を埋めるように夜風に揺れている。


「私に見せるために、連れてきたの?」


「そうだよ」 


迷いのない真っ直ぐな肯定に、鼓膜が震えた。


「まだ、こんなに咲いてたんだね」


「八重桜。遅咲きだから、今が満開」


碧くんは淡々と、けれど静かに言葉を紡ぐ。


「綺麗……」


一つ一つの花弁が柔らかな光を吸い込み、暗闇の中で白く、眩しくきらめいていた。


「俺は、あんたのほうが綺麗だと思うけど」


彼の唇から静かに零れ落ちた言葉。


またいつもの冗談が始まったのだと、呆れた顔で振り向く。


けれど碧くんは私を見ていなかった。


ただまっすぐに、夜桜の白さを見つめている。


照明の光を反射した彼の横顔。


高い鼻梁(はなすじ)と、淡いピンク色に染まった肌。 


差し出された言葉をそこに残したまま、私は静かに桜へと視線を戻した。


「連れてきてくれて、ありがとう」


「……別に」


「忘れないね、この景色」 


まぶたの裏に焼き付けるように、満開の頭上を見上げる。


「そんなに気に入ったなら、来年もまた見に来ればいいだろ」 


一際強い夜風が広場を吹き抜けた。


私の長い髪が、視界を遮るように乱れる。


その刹那、碧くんの長い指先が、空中に舞った私の髪を滑らかにすくい上げた。 


吸い付くような体温が、耳の裏の皮膚に触れる。


そのまま、髪が耳へと優しくかけられた。 


目と目が合う。 


私は少しだけ困ったように息を吐き、それから、小さな笑みを浮かべた。


「来年の今頃は、もう私、ここにいないから」
< 91 / 354 >

この作品をシェア

pagetop