One year left -家族ごっこ-
夜風が一段と鋭さを増し、満開の八重桜が激しく波打ち始めた。


頭上で大樹の枝が大きく揺れ、引き千切られた大量の花弁が、吹雪のように二人の視界を白く染め上げていく。


「なんで?」 


碧くんの低い声が、降り注ぐ桜のざわめきに混ざって降ってきた。


「県外に就職する予定だから」


「どこ?」


「まだ決めてない。でも、ここからずっと遠いところだよ」


「働くなら、地元でいいじゃん」


碧くんの言葉はどこか頑なだった。


私は小さく首を振る。


「ううん。私はもう、この街にはいない」


風に煽られ、長い髪が顔に張り付く。


私はそれを手で払うこともせず、夜の闇を見つめた。


「言ったでしょ? お母さんの幸せを見届けたいって」


彼は何も答えない。


ただ、琥珀色の瞳がじっと私を捉えている。


「お母さんの幸せをちゃんと見届けて、……そうしたら、私は消えるの」


その時、すっと冷たい感覚が皮膚に触れた。


碧くんの長い指先が、私の頬を滑る。


「なんで、泣いてるの?」 


低い、掠れた声。 


言われるまで、自分が泣いていることにすら気づかなかった。 


視界が滲み、ライトアップされた八重桜が歪んだ光の帯になる。


「……分からない」 


頬に添えられた彼の手に、自分の手をそっと重ねた。


肌から伝わる温度は、影の冷たさに沈んでいくようだった。


「碧くん、手が冷たいね。……帰ろう」 


それ以上、碧くんは何も聞いてこなかった。 


帰り道の夜の静寂だけが、二人の間を等間隔で満たしていた。
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