アングレカム-Angraecum Leonis-

第二十九話花火大会本番まで〈告白の返事〉



 昨日とはまた違う綺麗な浴衣の袖を通し、下駄を履いて、なおは胸の鼓動を抑えながら玄関から立ち上がる。

 少し深呼吸をしながら、そのまま天井を見上げて、無心になりながらドアを開いた。

 ここからでも祭の騒がしさを感じられ、折角無心にした心が再度、鼓動を早くさせる。

 ここから少し歩いた先に待っている試練のようなものにドキドキしながら、少しずつ足を動かす。

 ――やっぱり行くのやめようかな――

 なんて考えながらもなおは、待ってくれているかずきの事を考えると、行く事をやめる、という選択肢は元々無い、と自分に言い聞かせて、少し歩くスピードを上げる。

 嫌だ。
 嫌だ。
 嫌だ。
 傷つきたくない。
 幸せになりたい。
 どうにか、この花の蕾を咲かせてください。

 なおは、そのまま俯きながらかずきの元へと歩いて行った。
 集合場所に早く着きそうになる程になおの胸の鼓動は速さを増す。

 顔が赤く、熱く火照っている事が自分でも分かる。
 もう帰りたいなんて気持ちもあった。
 でも帰りたくない。

 集合場所である喫茶店まで後少し。後少しでたどり着く。歩くのを止めようか。いや、ここで止めたら、もうかずきと会えないかも知れない。

(……そんなの一番ヤだよ……)

 喫茶店に着いて、恐る恐るドアを開けて、中へ入ると、まだかずきは来ていない。

 内心ホッとしながら、なおは、適当な席に着き、そのまま店員に渡された水を一口飲んで、深い溜息を吐く。

 しばらくして、突然「やあ、ちょっと遅れた?」という声が聞こえて、驚きながら、なおは顔を上げて声の主の顔を見る。

「……遅れてなんかないよ……かずきさんも疲れたでしょ。とりあえずなんか適当に飲んで休憩したら、お祭り行こ」

「俺は疲れてないよ。なおちゃんこそ見た感じ、しんどそうだけど。大丈夫? しんどいなら、行くのやめる?」

(は? 行くのやめる訳ねえだろ! しんどいのなんておめえが目の前に居るからそういう風になってるだけで実際別に全く微塵もしんどくはないわ!!)
「……ううん。大丈夫」

「そ? ならいいんだけど。とりあえず何飲もっか?」

 メニューを開いて、メニュー欄を見る。かずきは、コーヒーを、なおはホットミルクティーを注文し、届くまでの間しばらく沈黙が続いた。

 コーヒーとミルクティーが届き、それぞれはミルクや砂糖を入れ、軽く混ぜて一口を飲む。

「なおちゃん、ホットって熱くないの?」
 
「いや、なおね、身体の熱が少ないから、その調節のために飲んでるだけ。平気だよ」

「ふーん。そうなんだ」

 またしばらく沈黙が続く。

(なんだろう。なんなのだろう。この時間は。誰かこの時間に名前を付けてくれやしないか?)

 かちゃかちゃと、スプーンで混ぜる金属音だけが聞こえ、なんとなく気まずいような空気感が伝わってくる。

 すると、かずきがコーヒーを3口目、飲んだ後に口を開いた。

「……あ、あの……昨日、さ。」

「……え、う、うん。」

「なおちゃんに、告白されて正直びっくりしたんだよね」

「……うん……」
(そんな改まって言われると恥ずかし過ぎんだろ……)

「一晩だけ考えて、答えを出そうとしたんだけどさ、さっきまでもずっと考えてたんだよね」

「……そ、そっか」

「うん、やっぱり俺なおちゃんの事好きみたい」

「……そっか。そうだよ……え? は? へ?」

「この前熱中症でなおちゃんが倒れてさ、俺が介抱した時から、ずっと何かと心配とかでずっと君の事考えてて」

「………………………………」

「昨日もさ、一緒のペアになれて、近くで見てられるっていう安心感と、一緒に居られるっていう幸福感と、共に過ごす楽しい時間があって。俺も知らない間に君の事好きになってたみたい」

「……うぅ……あぁあぁ……うっ……。……うぅ……う、嘘だぁ……」

「嘘なんかでこんな話したりしないよ。こんな俺でよければの話だけれど、付き合ってくれませんか?」

「……うぅ……うっうっ……はい……よろしく……お願いします…………」

 涙の止まらないなおに、かずきはハンカチを手渡し、頭を撫で、笑いかけた。

 しばらくして落ち着きを取り戻したなおは、改めてかずきに「こんな私でよければよろしくお願いします」と頭を下げ、ミルクティーを飲み干した。

 微笑ましく笑っている喫茶店のマスターは、静かにコップを拭いてその光景を和やかな目で見つめていた。

 コーヒーを飲み干したかずきは、立ち上がって、会計を済まし、なおと共に喫茶店を出て、二人は手を繋いで花火大会へと歩幅を合わせて、足を運ばせた。

「今日なおちゃんのデザインした花火見れるんでしょ?」

「……うん。そだよ」

「どんなデザインにしたの?」

「それは後のお楽しみでしょうよ」

「はは、そっか。とりあえずそれまでの間、屋台でも見て回ろっか」

「なおね、型抜きしたい」

「いいよ。一緒に行こうか」

 今日という日が、一生続けば良いのに。
 この一瞬が、一生続けば良いのに。
 この人の側に、一生居れたら良いのに。
 この手がこのまま離れずにいたらいいのに。

 夏の空はまだ少し明るい。その下で咲いた花は物凄く明るさを増していた。
< 47 / 59 >

この作品をシェア

pagetop