アングレカム-Angraecum Leonis-
第三十四話花火大会本番まで〈名前のない痛み〉
弟のりくから、離れて、涙で濡れる顔を拭いながら、さくらは深呼吸をする。
何故自分がここまでも、涙を流し、苦しい気持ちになるのか。それが分からなかった。
姉のそんな様子を見るのが初めてで、どうしたら良いのか分からずに困惑するりくは、一先ずさくらの頭を撫でた。
まだまだ溢れる涙の中、ぐちゃぐちゃな思考の中、弟にこんな惨めな姿を見せ続けてはいけない、と咄嗟に思い、さくらは「ごめんね、ごめんね、りく」と言いながら「フーーー、フーーー」と深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「姉ちゃん、どっか痛いの? 大丈夫?」
「……ううん、どこも痛くない…………痛くない、痛くないのに……」
痛くないはずなのに、途轍もなく痛い。
何故なんだろう。その答えは全く持って分からずにいた。
なんでなんだろう。
胸にズキンと何かが貫いたかの様な痛みが走っている。
揺らめきながら、立ち上がり、涙を拭いて、少し落ち着いたので、りくの手を繋いで母親達の待つ場所へと戻る。
適当に行列が出来ていた、という言い訳で戻り、母親達も納得してくれたので、その場でりくと一緒に、少し冷えたたこ焼きを食した。
「ちょっと冷えてるね。ごめんね。りく」
「ううん、ねーちゃん大丈夫。俺これくらいのが食べやすくて好きだし」
「ありがとう、りく」
りくの優しさに少し心が救われた気がした。
少しボォーッとした顔をしながら、辺り一面が見えない程に何も考えられなくなる中、さくらはりくに、袖を引っ張られてなんとか意識を取り戻す。
両親や、くうどう、かんな、りくらと共に、道を歩きながら、何故泣いたのか、の答えを模索する。
だけど、どうしても分からない。
みうとりゅうのすけが付き合った、という事については物凄く嬉しいはずなのに、何故なんだろう。
この胸の痛みは。
この胸の苦しみは。
この胸の辛さは。
今日ゆっくり寝て、明日になればこの痛みは無くなるのかな。
多分そうだろう、と考えてりくとかんなの背中を見て微笑む。
「お? さくちゃん、なんかあったか?」
「ん? ううん、なんでもないよ」
そう笑顔で言うさくらに、作り笑顔としか見えないその表情に心配になりながらもくうどうは、「そっか、なんかあったら言えよ」とだけ言い、りくとかんなの元へと向かう。
少し俯きながら、はぁと溜息をついて、花火が打ち上がる時間を迎える。
空を見上げると、無口な空が声をあげる様に火の花を広げる。
数々の種類の花火が打ち上がる花火を見ながら、まるで、気持ちを打ち明けて、付き合う事になったりゅうのすけとみうを思い浮かべる。
またズキンと胸が痛くなる。
(あぁ、痛い。心が痛い。なんでなの。なんでもないはずなのに。なんで痛いの)
大きな花を描いた様な花火を見て、その美しさに見惚れながら、さくらはまた静かに泪を流し、持っていたペットボトルのキャップを外して、お茶を一口飲んだ。
お茶の苦さが、自分の気持ちを表しているかの様に思えて、お茶を飲むのをやめた。
ふいに母に頭を撫でられながら、さくらは体操座りをし、顔を埋め、声をあげる空の下、声を殺して、泣いた。
(……うぅうぅ……あぁあああぁ……)
溢れ出る涙を必死に拭いながら、さくらは空を見上げた。