野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)
貴族たちがぞくぞくと匂宮(におうのみや)様のお見舞いに参上しているようなので、(かおる)(きみ)もお屋敷に引きこもっていらっしゃるわけにはいかない。
<たいした身分でもない恋人の死を(なげ)いて、宮様のお見舞いに(うかが)わないのは失礼だろう>
と、二条(にじょう)(いん)へお上がりになった。
ちょうどそのころ、薫の君の叔父(おじ)にあたる親王(しんのう)様がお亡くなりになったので、薫の君は喪服(もふく)をお召しになっている。
<姫のための喪服を着ているようだ>
としんみりなさる。
少しお顔がやせて、さらに上品におなりになった。

お見舞い客が帰ったあとの、静かな夕暮れ時。
宮様は寝込んでいらっしゃるわけではないから、ごく親しい人にはお会いになる。
薫の君のお顔をご覧になると、気まずい一方で涙がこみ上げてくる。
どうにか(おさ)えておっしゃった。
「自分ではそれほど重い病気とは思わないけれど、周りが安静にしていろとやかましくてね。(みかど)中宮(ちゅうぐう)様にまでご心配をおかけして心苦しい。たしかに誰の命も永遠ではないと思うと、心細くなってくる」

さりげなく涙をぬぐわれても、次から次へとあふれて止まらない。
<別に泣いたからといって、私と姫の関係に薫の君が気づくことはないだろう。病気のせいで弱気になっていると思うだけだ>
宮様は油断なさっているけれど、薫の君はすべてお見通しよ。
<あぁ、姫を思って泣いておられるのだ。いつからご関係が始まっていたのだろう。きっともう何か月も、私を()()けな男だと笑っていらっしゃったのだろうな>
すぅっと悲しみが消えていくような気がなさる。

<どうして平気な顔をしている。つらいことがあるときは何をしていても涙が出るものだろう。私の前で泣けばよいではないか。まさか私の様子を見て、私と姫の関係に気がついたのか。だとしたら一緒に泣いてくれればよいものを。そのくらいの同情心はある男のはずだ。それとも仏教に熱心な男というのは、人の死などに動じないのか>
宮様はうらやましくも(にく)くも思われる。
<この男に姫は寄りそっていたのだ>
女君(おんなぎみ)形見(かたみ)のような気がして、じっとお見つめになった。
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