野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)
ぽつりぽつりと(かおる)(きみ)は世間話をお始めになる。
<姫の話をまったくしないのも違うだろう>
と、浮舟(うきふね)(きみ)の話題をお出しになった。
「昔から宮様には何もかも打ち明けてお話ししておりましたね。近ごろは気楽な身分でもなくなり、宮様も重々しくおなりですから、なかなかのんびりとお話しできませんでした。

宇治(うじ)大君(おおいぎみ)を覚えておいでですか。中君(なかのきみ)の亡き姉君(あねぎみ)で、私の恋人でしたが、その大君と血のつながった娘がいることを、一昨年(おととし)知ったのです。去年やっと恋人にしましたが、ちょうど私は(おんな)()(みや)様と結婚したばかりでしたから、世間の目を気にして宇治の山荘(さんそう)に置くことにいたしました。

とはいえそれほど熱心に会いにいかず、その人も私だけを夫とは思っていなかったようですが。もともと正式な妻(あつか)いするつもりはなかったので、まぁ気楽にかわいがって世話してやろうとだけ考えておりました。その人が、先日亡くなってしまったのです。この世は何もかも(はかな)いものだと悲しみに暮れております。もしかしたらこの件はお耳に入っているでしょうか」
ついにお泣きになる。

<宮様の前で泣きたくない。あまりに間抜けだ>
と思っても、こぼれはじめた涙はお止めになれない。
ふつうに悲しんでいるだけではないご様子なので、
<私と姫のことを知っているのか>
と、宮様はどきりとなさる。
「それは悲しいことでしたね。昨日ちらりと聞いて、あなたを心配していました。世間に知られないようになさっていると聞いたから、あえてこちらからは何も言わなかったけれど」
平静(へいせい)(よそお)っていらっしゃるものの、つらくてお言葉が少ない。

「宮様にお目にかけて、女房(にょうぼう)か何かとして差し上げるのもよいかもしれないと思っておりました。すでにお会いになったことがあるかもしれませんね。中君とも血のつながった人ですから、きっとこの二条(にじょう)(いん)に出入りしていたでしょう」
ちくりとおっしゃってから、
「お具合の悪いときに、つまらないことをお話ししてしまいました。どうぞお大事になさってくださいませ」
挨拶(あいさつ)してお帰りになった。
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