野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)
<ひどくお悲しみだった。(みや)様は姫に本気でいらっしゃったのだな。(はや)()にしてしまったが、女としては運の強い人だったと言えるだろう。(みかど)中宮(ちゅうぐう)様がもっとも大切になさる、(とうと)親王(しんのう)様から愛されたのだ。宮様は何もかも最上級の男性で、奥様達もすぐれた方ばかりだというのに、あの姫をそこまでお気に召したのか。

宮様のご病気で世間は(おお)(さわ)ぎだが、そのご病気の原因は姫なのだ。いやはやとんでもない女だ。宮様だけではない。私だって、帝の姫君(ひめぎみ)頂戴(ちょうだい)しておきながら、あの姫に夢中になった。亡くなった今はさらに(いと)しくてたまらない。
あぁ、馬鹿(ばか)げている。それほどの女だろうか。もう忘れてしまおう>

そうお思いになったそばからお心は乱れる。
「人は木や石ではないから感情がある。恋に夢中になれば冷静な判断ができなくなる。危険な女には近づかないのが一番だ」
と中国の有名な詩を口ずさんで、落ち着こうとなさった。

その後の女君(おんなぎみ)法要(ほうよう)も、山荘(さんそう)ではあっさりと済ませた。
<宮様もそれではあんまりだと悲しまれるだろうに。元常陸(ひたち)(かみ)実子(じっし)ではなく継娘(ままむすめ)だから、簡単に済ませてしまったのだろうか>
薫の君は情けなくお思いになる。
本当は直接ご自分で山荘をお訪ねになって、女君の最期(さいご)の様子などもお聞きになりたい。
でも、死人(しにん)が出た家に入ってしまうと、しばらくそこから出られないという決まりがあるの。
内裏(だいり)でのお仕事が忙しい薫の君には難しい。
立ち話くらいなら大丈夫だけれど、それでは落ち着かない。
どちらもできずに苦しんでいらっしゃる。
< 15 / 44 >

この作品をシェア

pagetop