野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)
四月十日になった。
浮舟(うきふね)(きみ)が生きていれば、今日、(かおる)(きみ)別邸(べってい)に迎えられるはずだったのよ。
夕暮れ時に薫の君はそれを思い出して、悲しんでいらっしゃる。
お庭の(たちばな)の木から(なつ)かしい香りがする。
あの世とこの世を()()すると言われるほととぎすも飛んでいる。
まだ季節には少し早いからかしら、あたりを気にするような声で二度鳴いた。

「おまえはあの世の姫のところにも行くのだろう。私は泣いてばかりいると伝えておくれ」
と、薫の君はつぶやかれる。
それだけでは悲しみが抑えられなくて、二条(にじょう)(いん)匂宮(におうのみや)様にお手紙をお書きになった。
「こちらでほととぎすが鳴きました。あなた様の泣き声でしょうか。死んでしまったあの姫を思い出して、声をひそめて泣いていらっしゃるのではありませんか」
橘の枝を()えて届けさせなさる。

匂宮様は、浮舟の君によく似た中君(なかのきみ)をご覧になってしんみりなさっていた。
中君も異母妹(いもうと)(ぎみ)が亡くなったことをご存じよ。
宮様も中君も、それぞれ物思いにふけっていらっしゃる。

宮様は薫の君からのお手紙をお読みになって、
<やはり姫と私の関係を確信(かくしん)しているらしい>
と気づかれたけれど、はぐらかすようなお返事をなさる。
「あなたが橘の香りで亡くなった恋人を思い出していらっしゃったから、ほととぎすが気を利かせて鳴いたのでしょう。私の泣き声だなんて言いがかりをつけられても困りますよ」
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