野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)
匂宮(におうのみや)様はまだ浮舟(うきふね)(きみ)の死を納得なさっていない。
<不自然なほど急だった。やはり女房(にょうぼう)から直接話を聞きたい>
時方(ときかた)に命じて、山荘(さんそう)まで右近(うこん)を迎えに行かせなさる。

山荘はすっかり人気(ひとけ)が少なくなっていた。
「荒々しい川音をとても聞いていられない。私まで川に転がり落ちそうな気がして、ここにいてはつらくなるばかりだ」
と、母君(ははぎみ)も都に帰ってしまったの。
(きょう)を読む僧侶(そうりょ)たちはまだ山荘に(こも)っている。
それを頼りにしながら、女房たちはなんとか暮らしていた。

警備(けいび)の男たちももはややる気がない。
時方が訪れても見て見ぬふりをする。
<宮様が女君(おんなぎみ)にお会いできるのはあの夜が最後だったのに、この男たちに邪魔されてお会いになれなかったのだ>
と、やりきれなく思う。

正直なところ、宮様が面倒な恋に夢中になっていらっしゃることに、時方は少しあきれていた。
でもこの山荘に来てみると、宮様と女君の美しかったお姿がまぶたに浮かぶ。
やはり悲しくなってしまうのよね。

右近もまた、時方に会って悲しくなり、ひどく泣く。
「あなたを二条(にじょう)(いん)にお連れするために参りました」
うやうやしく言うけれど、右近は首をふる。
「私が宮様のところに上がれば、事情を知らないここの女房たちが(あや)しみましょう。もし御前(ごぜん)に上がったとしても、ご質問にはきはきとお答えできる気がいたしません。それに、まだ山荘に籠っていなければならない期間です。この期間が済んで、まだ私が生きながらえておりましたら、悪い夢のようだった出来事を宮様にお話し申し上げようと存じます」
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