野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)
しばらくすると、匂宮(におうのみや)様は(おんな)(いち)(みや)様のお部屋へ行ってしまわれた。
姉宮(あねみや)様に美しい絵を差し上げなさるおつもりみたい。
(かおる)(きみ)中宮(ちゅうぐう)様のおそばへ寄って、まず、先日の仏教行事のすばらしさをおほめになる。

中宮様は薫の君の異母姉(あね)(ぎみ)よ。
薫の君の本当の父親は源氏(げんじ)(きみ)ではないから、実はまったく姉弟(きょうだい)とは言えないのだけれど、その秘密は世間に()れていない。
おふたりは年の離れた腹違いの姉弟(きょうだい)ということになっている。
(とうと)い中宮様だから、薫の君はかしこまったご態度だけれど、弟君(おとうとぎみ)らしく甘えるようにおっしゃった。

「近ごろ妻がつらそうにしているのです。『女一の宮様からお手紙をいただけない。内裏(だいり)内親王(ないしんのう)として暮らしていたころは優しくしてくださっていたけれど、たかが貴族の妻ではもう相手にしていただけないのだ。見捨てられてしまった』と(なげ)いております」
匂宮様が少し残していかれた絵を見ながらお続けになる。
「こういう絵を、ときどき女一の宮様から妻にお贈りいただけませんか。今ここで私が頂戴(ちょうだい)して持ち帰っても同じことですが、それでは姉宮様からということになりませんので」

中宮様は驚いておっしゃる。
妹宮(いもうとみや)を見捨てるだなんて、女一の宮にそんなおつもりはないと思いますよ。どちらも内裏にいらしたころは気軽にやりとりできたのが、女二の宮があなたのお屋敷に引き取られたことで少し()()えてしまったのでしょう。お手紙をお書きになるよう(すす)めてみますけれど、そちらからお手紙をおあげになってもよろしいのに」

遠慮(えんりょ)して妻からは差し上げられないようです。私と中宮様は腹違いとはいえ姉弟(きょうだい)でございますから、そのご(えん)でまた交流していただけましたらうれしく存じます。私との結婚が原因で妹宮を遠ざけなさっては、私としてもつろうございます」
こうお願いすれば、女一の宮様のお手紙を拝見できるだろうと(たくら)んでいらしゃるの。
中宮様はまったくお疑いにならない。

うまくいきそうだと薫の君は安心なさって、中宮様の御前(ごぜん)からお下がりになる。
小宰相(こざいしょう)(きみ)に会うために(わた)廊下(ろうか)の方へ行かれた。
この渡り廊下にある部屋は、先日、女一の宮様を垣間(かいま)()なさったところだけれど、普段は女房(にょうぼう)たちの控室(ひかえしつ)よ。
ちょうど夕霧(ゆうぎり)大臣(だいじん)様の若いご子息(しそく)たちが遊びにいらっしゃっていた。
女房たちと楽しそうに話している気配がするので、薫の君は少し離れたところにお座りになる。

対応に出た女房におっしゃった。
「この六条(ろくじょう)(いん)にはときどき参っているのですが、女一の宮様のところには遠慮(えんりょ)してご挨拶(あいさつ)もしておりませんでした。せめて今日からでもと思って参上(さんじょう)しましたが、女房の皆さんと楽しくおしゃべりするのは若者たちの特権(とっけん)でしょうか」
ちらりと大臣様のご子息たちをご覧になる。
薫の君もまだ二十代後半でいらっしゃるけれど、それよりもお若い人たちなのでしょうね。

女房は品よく微笑(ほほえ)んで、
「これからしょっちゅうお越しになりましたら、きっと若返りなさいましょう」
とお返事する。
女房たちの気配にまで、優雅な風情(ふぜい)がある。
めずらしく少し話しこんでいかれた。
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