この恋、予定外。
同時に止まったのは、たぶん偶然じゃない。
呼吸がまだ少しだけ速い。胸が上下しているのを、自分でもはっきり感じる。

朝の空気が、肺の奥まで入ってくる。
冷たいのに、どこかやわらかい。

沈黙が落ちる。
気まずくはないけど、軽くもない。


「森川」

呼ばれて顔を上げると、高橋さんがポケットに手を入れていた。

「これ」と差し出された手の中に、小さな容器がある。

「…え?」

普通に受け取ったけれど、視線を落とした瞬間、息が止まった。
“LastFit 09”という、見慣れたラベル。
指先に、ひんやりとした感触。
しかも、まだ自分の手元には来ていなかった番号。

「えっ、いいんですか!?これ!」

声が勝手に上がる。
抑えようとする前に、嬉しさが先に出た。

「昨日言ってただろ。欲しいって」

「そ、そうなんですけど!…本当にすぐ持ってきてくれたんですね」

容器を持ったまま、思わず両手で包む。
まじまじと見つめる視線が、自分でも分かるくらい熱い。

まだ試してもいないのに、絶対にいいものだって思ってしまう。中身のことなんてまだ分からないのに。

「試した感想、ちゃんと出せよ」

「出します!…というか、今日もう試します。08も試せてないので、その分ちゃんと見ます!」

ほとんど食い気味に返すと、ふっと、小さく笑う気配。

「分かりやすいな」

その一言で、胸の奥が、ほんの少し跳ねた。


─────あ。
昨日のことが、一瞬だけよぎる。
ラーメンの湯気。
言ってしまった言葉。
あのときの、間。

でも、それはすぐに、表には出てこない。


「……ありがとうございます」

今度はちゃんと、落ち着いた声で言った。

指先にまだ残っている、容器の重さ。
それが妙に現実的で、少しだけ安心する。


高橋さんは軽くうなずくだけで、また前を向く。
なにも変わっていないみたいな顔。
でも、さっきより少しだけ距離が近い気がするのは、たぶん気のせいじゃない。

「行くか」

「はい!」

返事をして、走り出す。

今度は、自然と同じタイミングだった。
さっきまでずれていた呼吸が、少しだけ揃う。
足音も、さっきより近い。


朝の空気の中に、まだ名前のつかない何かが、混ざっている。
遠いのか、近いのか。
それすら、まだ分からないまま。




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