この恋、予定外。
『分かりやすいな』

という少し笑って言ったさっきの声が、そのまま思い出された。
一瞬、動きが止まる。


……ああ、もう。
鏡越しに自分の顔を見る。

「…ほんと、うるさい」

誰に向けたわけでもないのに、そうこぼしてしまう。
自分が思っているよりも、私はずっと単純だ。
でも、さっきよりほんの少し表情がやわらいでいるのが分かる。


視線を落として、もう一度、肌を見る。やっぱり軽い。でも、ちゃんと整ってる。
これで夕方まで崩れなければ、かなりいい。

急いでメモ帳を取り出し、つけたての感触を書き起こす。こういうのも、きっと参考になるはずだ。
仕事の思考に戻す。

戻す、けど。
朝のやり取りが、まだ抜けない。


容器をポーチに戻そうとして、ふと手が止まった。

「…なんか」

小さくつぶやく。
どうしてこういうときだけ、あのひとって何事もなかったみたいな顔をするんだろう。

「ずるいな」

理由は、自分でもうまく言えない。

ただ─────
こんなふうに、当たり前みたいに渡されて、
当たり前みたいに使って、当たり前みたいに、また会いに行く理由ができる。
それが、ただただ嬉しいと思ってしまった。


「“変なやつ”、か」

彼に言われた言葉を、鏡の中の自分に言った。
向こう側の私は、ふわりと笑っていた。
本当に、単純だ。

ポーチを閉じる。


私も今はいつもと同じ顔をしている。
でも、たぶん。
ほんの少しだけ、内側が違っている気がした。




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