この恋、予定外。
言ったあとで、自分の言葉の重さに気づく。
言い出したくせに、逃げるみたいに視線を落とす。

手の甲に残った試作を、意味もなくなぞる。
さっきまで当たり前に動いていた時間が、どこか遠くに行ってしまったみたいに、静かだった。


言いすぎたかもしれない。

そう思ったとき、

「……見てる」

また低い声が、ふわりと落ちた。

反射みたいに顔を上げると、一瞬だけ視線が合って、すぐに背けられてしまった。
それでも、彼のその一言は思っていたよりもはっきりと残った。


否定でもなく、肯定でもなく、
でも確かに、ちゃんと受け取られている感じ。
胸の奥に引っかかっていたものが、少しだけ形を変える。


……そんなの、ずるい。
そう思うのに、少しだけほっとしてしまう自分もいる。

言葉が続かない。何か言おうとして、でもやめる。
代わりに、意味もなくもう一度だけ手の甲を見る。

「……これ」

沈黙を破ったのは、私。
小さく口を開いた。

「さっきより、なじみきったあと、きれいかもしれないです」


無理やり現実に戻した言葉。
仕事の話に、引き戻すみたいに。

一拍だけ間があって、

「……分かった」

彼の返事は、なにか違う温度を持っていた。
さっきまでとは少しだけ違う、なにか。響きも、低さも、強さも。
距離は変わっていないはずなのに、空気だけが明らかに近くなった。


完全に元通りではない。
でも、壊れてもいない。

「……私、行きますね」


そう言って、私は急ぎ足で研究室を出た。

途端に、ざわざわした変わりない日常の喧騒の中へ放り出された。
安心してしまうほどに、何も変わりない場所。


…ちゃんと、仕事をしなくちゃ。

開発部フロアを足早に抜けて、営業部へ戻る。
ホワイトボードに書かれた今日のスケジュール、ノートパソコン、タブレット、いつも持ち歩いているメモ帳、立てかけてあるトートバッグ。


ようやく、ちゃんと呼吸ができた。


外回りに出る準備をしながらも、さっきの一言がこびりついて離れない。


“見てる”、って。

だったら、

…ちゃんと見てよ。
最後まで。ちゃんと。

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