この恋、予定外。
高橋さんお得意の、それ。
いい加減に慣れてしまって、反抗する気にもなれなかった。

私は少し椅子にもたれた。

「私…、昔、陸上やってたんです」

高橋さんの手が止まる。たぶん、彼はこちらを見ている。視線を感じながら、淡々と続けた。

「中距離。八百メートルです」

「へえ」

特別驚くでもなく、食いついてくるでもなく、ただ“聞いている”。
妙にそれが心地よくて、私は話を止めなかった。

「小学校から大学まで、陸上に捧げました。インターハイで全国行ったのは、唯一の自慢です」

周りの友達とは、まったく違う学生時代を送った自覚はある。
みんながファストフードに行ったり、カラオケに行ったり、学校帰りに遊んでいる時間を、陸上に費やした。

あの頃の自分を思い出しながら、ふっと笑った。

「でもその陸上三昧の日々も、途中で終わりました」

高橋さんは何も言わない。
私は机の上の試作ボトルを見る。

「大学の時にアキレス腱、切っちゃって」

静かなオフィスに、自分の声がやけに響いた。

「もう走れないって言われて」

少し間を置いて続ける。

「そのとき、友達にメイクしてもらったんです」

高橋さんがこちらを見る。私はやっと彼の方を向いた。
思いのほか、彼は真剣にこの話を聞いていた。姿勢は崩れたままだったけれど。

「自分の顔が、全然違って見えたんですよ」

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