この恋、予定外。
もう陸上選手としては、無理だろう。
医師に宣告されたあの時期は、たぶんどん底にいたと思う。

どうやって笑うんだっけ、と思っていたあの頃の私。

今は過去の話としてこうして話せるようになったし、メイクに救われた。


「単純なんですけど、ちょっと元気が出て」

試作ボトルを指でつつく。
この話を高橋さんにするとは思ってなかったから、少し照れくさい気持ちもあった。

「だから、思ったんです」

笑えなかった自分は、もう過去に置いてきた。

「今度はメイクで私が誰かを元気にしたいなって」


オフィスは静かだった。


高橋さんはしばらく何も言わなかった。

ただ一方的に話したような構図なのにそう思えなかったのは、思いのほかちゃんと聞いてくれた彼の視線のせいかもしれない。


高橋さんはそれから、ぽつりと言った。

「だから営業なのか」

私は小さくうなずいて見せる。

「ですね」

高橋さんは試作08のボトルをそっと机に戻すと、パソコンのキーボードを再び打ち出した。

「森川」

「はい」

「これ、ちゃんと売れよ。森川なら売れるから」

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