この恋、予定外。
高橋さんはそのまま私のデスクの横に立つ。
距離が、近い。パソコンの画面を覗き込んでいるからだ。

「今日行った店、いくつだ」

「三件です。えーと…、いつも通りでした」

答える声が少しだけ詰まる。
自分でも分かるくらい、調子が狂っている。

「ふーん」

と、高橋さんはやっぱり興味なさそうに返しながら、私のパソコンをじっと見つめている。

「森川、ここ」

低い声が、すぐ近くで落ちる。
指先が画面を指したまま、一瞬だけ止まる。

「今日行ったの、この間の店もあるよな。数字ズレてないか?」

「……え?」

「価格帯。あの店、もうちょい上だっただろ」

私は瞬きをして画面を見直す。

「あっ。…ほんとだ」

「ちゃんと揃えておいて。あとで見るから」

「…はい」

言いながら、なぜか一拍遅れる。さっきから、そればっかりだ。

「あと、今日行った三件分の価格帯とテスターの減り、分けて送ってほしい」

「分かりました」

指が動かなくて、キーボードに視線を落とす。
私がなにもしないからか、高橋さんの少し怪訝そうな声がした。

「ここ、忘れる前に先に直したら?」

「やりますって!」

反射的に言い返して、やばい、と彼の顔を見る。
彼はまったく私を見ていなかった。見ているのは数字だけ。


…やっぱり、私だけがどうやらおかしい。


落ち着かせるように小さく息を吸って、もう一度画面を見る。
今度はちゃんと、数字が見えた。

カタカタとキーボードを打つ音が、やけに大きく感じる。


指摘したところを直したのを確認した高橋さんは、それ以上なにも言わず、離れていく。

足音が遠ざかる。
それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。


「…はあ」

小さくため息をつく。
画面を見つめたまま、しばらく動けない。

「…なんだこれ」

誰にも聞こえないくらいの声でつぶやく。


ちゃんとやらなくちゃ。
そう思うのに。

さっきの声と距離が、まだ少しだけ残っていた。

…今日の私は、どうかしている。

そう思いながら、もう一度だけキーボードに指を置いた。
でも、さっきよりもほんの少しだけ、音が揃わなかった。



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