君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
数ヶ月の時が流れた。
世界を包み込んでいた夏の暴力的な熱気はとうの昔に消え去り、校庭の木々は鮮やかな赤や黄色へとその衣替えを始めている。
吐く息が白く染まるにはまだ少し早い。けれど、秋の終わりと、冷酷な冬がすぐそこまで来ていることだけは、誰の目にも明らかだった。
昼休みの屋上。
錆びついたフェンスの向こうでは、凍てつくような冷たい風が、音を立てて街を吹き抜けている。
かつて二人で何度も、言葉を交わし、沈黙を共有し、体温を感じ合ったその場所に、今立っているのは凌一人だけだった。
冷え切ったコンクリートの床へ直接腰を下ろし、凌は膝の上にスケッチブックを広げる。
静まり返った空間に、鉛筆の硬い芯がカサカサと紙を擦る音だけが、寂しく響き渡った。
手は止まらない。
その執念は、周囲が狂気と感じるほどに相変わらずだった。
退屈な授業中も、放課後の誰もいない美術室でも、自宅の狭い自室でも。以前よりも、それこそ命を削るようにして、凌はもっと絵を描くようになっていた。
何かに背中を激しく追われるように。
あの人の輪郭を、絶対に忘れないために。
あの日差し込んできた光を、二度と失わないために。
ただひたすら、世界を遮断して筆を走らせ続けていた。
スケッチブックの上に広がっていたのは、鮮烈な青空だった。
雲一つない、吸い込まれそうな空。何処までも、何処までも均一に続いていく純粋な青。
かつて、感情の乗らない風景画を軽蔑し、「誰かを待つ空気」ばかりを追い求めていた昔の凌なら、絶対に描かなかったはずの絵だ。
けれど、今は違った。
空を見上げる度に、胸の奥が引き裂かれそうになり、描きたくなる。描かずにはいられないのだ。
それが間違いなく、碧南という少女が自分の人生に遺していった、最も深くて強烈な影響だった。
「……また、これ描いてる」
自嘲気味に、誰に聞かせるでもなくぽつりと呟く。
当然、返事はない。隣には、誰もいないのだから。
以前なら、確かにここにいた。
フェンスに気怠げに寄り掛かりながら、虚ろな瞳でじっと空を眺める少女が。
長い黒髪を秋風に揺らしながら、当たり前のことのように圧倒的な青空を描き殴っていた少女が。
下手くそだと憎まれ口を叩く凌に対して、
『どうか、君だけの絵を描き続けて』
そう言って、最初で最後の泣きそうな優しい笑顔を見せた少女が――もう、この場所にはいない。
若年性パーキンソン病。
病魔は、本当に、残酷なほど少しずつ、彼女の未来を蝕んでいった。
最初は、線を引く指先が微かに震えるようになった。次は、パレットの上で色を混ぜるような細かな作業ができなくなった。絵の具のチューブの蓋を開ける、ただそれだけの動作に、何分も時間が掛かるようになった。
部室床に、カチャンと筆を落とす回数が、日に日に増えていった。