君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 キーンコーンカーンコーン。
 教室の喧騒を断ち切るように、無機質な予鈴が鳴り響く。
 あちこちに広がっていた談笑の輪が少しずつ収まり、生徒たちが気怠げに自分の席へと戻り始めた。

「おーい、次なんだっけ」
「数学。大河内」
「うわ終わった、寝よ」
「まだ始まってもねぇよ」

 そんな他愛のない会話が飛び交う中、凌は最後の一本、雲の輪郭をなぞるように鉛筆を引き、ようやくそれを机に置いた。
 スケッチブックの上には、鋭利なほどに澄んだ冬空が広がっている。けれど、まだ未完成だった。
 雲の立体感も、差し込む光の微細な角度も、何かが決定的に違っている。
 何度描いても、自分の脳裏にある「あの青」には届かない。

「また空か」

 いつの間にか隣に立っていた三崎が、物珍しそうに手元を覗き込んできた。

「まただな」
「よく飽きねぇの、お前。ぶっちゃけ全部同じに見えるんだけど」
「飽きるくらいならとっくに描くのをやめてる」

 ぶっきらぼうに言い捨て、スケッチブックを閉じる。ぱたん、と硬い音が響いた。
 三崎は自分の席へ戻りながら、不思議そうに首を傾げる。

「そんなに空好きだったっけ、お前」

 その問いに、凌は一瞬だけ、制服の袖を引っ張る手を止めた。
 好き――そうなのだろうか。
 昔の自分なら、鼻で笑って「興味ない」と即答していただろう。
 空なんてどこにでもあって、ただそこにあるだけの背景だ。
 わざわざ足を止め、首を痛めてまで見上げる価値なんて何一つない。そう思っていた。
 けれど、今は違う。
 朝、凍えそうな空気のなか駅へ向かう途中。
 電車の窓から流れる景色。
 学校の薄暗い廊下。
 放課後の帰り道。
 気づけばいつも、無意識に視線で空を探している。

(あの人なら、この光をどう表現するだろう)

 そんなことばかりを、頭の片隅で考えながら。

「……別に、好きとかじゃねぇよ」

 凌は顔を背け、小さく呟いた。

「ただ、描かなきゃいけないだけだ」

 三崎はよく分からないという風に肩を竦めたが、それ以上は踏み込んでこなかった。
 やがて前方の扉が開き、教科書を抱えた大河内が教室へ入ってくる。

「よーし、席着けー」

 起立。礼。着席。いつも通りの、退屈で、けれど確実に進んでいく日常の歯車。
 黒板に白いチョークで数式が並び始めるのを横目に、凌は再び窓の外へ視線を向けた。
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