君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
その先へ
凍てつくような冷たい風が、窓ガラスをガタガタと激しく鳴らしながら街を吹き抜けている。
凌は自室の机に向かい、いつものようにスケッチブックを広げていた。
机の上に乗り上げているのは、描きかけの冬の風景画。
カチ、カチと規則正しく鳴る暖房の音だけが、静まり返った四畳半の部屋に虚しく響いていた。
かりかり、かりかりと、無心で鉛筆を動かしていた、その時だった。
不意に、机の隅に伏せてあったスマホが低く震えた。
「……ん」
凌は鉛筆を握ったまま、手を止める。
手を伸ばして画面を表に返すと、液晶のバックライトの中に見慣れた、けれど最近はめっきりと表示される回数の減った二文字が浮かび上がっていた。
『碧南』
最近の彼女は、学校にもほとんど来なくなっていた。
たまに短い進捗確認のようなメッセージを送ってくることはあっても、こうして夜の遅い時間に向こうから連絡を寄せてくることなんて滅多にない。
凌は少しだけ姿勢を正し、スマホを手に取った。
『明後日空いてる?』
相変わらずの、用件だけがぽつんと置かれた短い文章。それだけだった。
凌は数秒、その画面を凝視する。明後日。特に予定はなかったはずだ。何か部活の連絡か、あるいは朝比奈辺りから伝言でも頼まれたのだろうか。
つまり、思い当たる節は何もなかった。
『空いてるけど』
そう打ち込んで、送信ボタンを押す。
すると、画面の端に『既読』の文字が瞬時に灯った。まるで、向こうも液晶の光をじっと見つめたまま、凌からの返答を今か今かと待っていたように。
そして、すぐに次の吹き出しが表示される。
『どっか行こうよ』
ぽつりと灯ったその四角い文字を見て、凌は思わず思考をフリーズさせた。
「……は?」
声が漏れた。もう一度、網膜に焼き付けるように画面を見直す。やはり見間違いではない。確かにそう書いてある。
どっか行こうよ。
それだけ。行き先も、誘ってきた理由も、何一つ添えられていない。
凌は無意識に眉間へ深い皺を寄せた。
(なんだそれ……)
あまりにも雑で、突拍子もない誘いだった。こちらの都合を一切無視したような我が儘さは、碧南らしいと言えばらしい。
けれど――胸の奥で、小さな無視できない違和感がちくりと疼いた。
最近の彼女は、病状の進行に伴って、外出そのものが極端に減っていたはずだ。
学校へ来る日も片手で数えるほどになり、以前みたいに一緒に屋上へ上がることすらなくなっていた。