君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 中央待合室の最奥。冬の淡い陽射しが大きく差し込む、大きな窓際に置かれた長椅子。
 そこに、見紛うはずのない、一つの細い横顔を見つけた。
 凌は息を止め、思わずその場に立ち尽くした。

「――碧南」

 声にはならなかった。
 艶やかな黒い長い髪。
 華奢な細い肩。
 冬の冷たい光を透き通るような身体に浴びながら、彼女は一人、静かにそこに座っていた。
 けれど、数週間ぶりに見る彼女の姿は、凌の記憶にあるものより、ずっと、ずっと細く、小さくなっていた。
 学校で見せる制服姿ではなく、淡いベージュのコートを羽織った私服姿。
 膝の上には、小さな鞄を大事そうに抱えている。その鞄を掴む彼女の白い指先は、目を凝らさなければ分からないほど微かに、しかし絶え間なく震え続けていた。
 それでも、窓の外の冬空を静かに眺める彼女の横顔は、不思議なほど穏やかだった。
 まるで、今日という約束の日が訪れるのを、暗い部屋の中でずっと、健気に待ち続けていたかのように。
 不意に、気配を察したのか、碧南がこちらへと顔を向けた。
 視線が真っ直ぐに交錯する。
 碧南は一瞬だけ、本当に驚いたように丸い目をさらに丸くして――次の瞬間、自らの境界線を全て溶かすかのように、柔らかく微笑んだ。
 あの日、美術室で、あるいは夕暮れの屋上で、凌にだけ見せたあの泣きそうな笑顔と、全く同じ表情だった。

「おはよう、凌。……本当に、来てくれたんだね」

 その声は、かつて凌を論破していた頃の鋭さはなく、少しだけ弱々しかった。けれど、子供のように不思議なくらい嬉しそうに弾んでいた。
 凌はそんな彼女の笑顔を見つめながら、胸の奥が、今までにないほど嫌な音を立ててざわつくのを感じていた。
 何故、この病院に呼び出されたのか。その本当の理由はまだ何一つ分からない。
 けれど、いま目の前で儚く微笑んでいる碧南が、自分の手の届かない、以前よりもずっと遠い場所へ、今すぐ消えていってしまいそうな気がして――。
 凌は問い詰める言葉を全て飲み込み、無意識の内に、彼女の元へと歩く足を激しく速めていた。
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