君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
ひとしきり腹を抱えて笑った後、紫はふぅ、と小さく息を吐いて笑い声を収めた。
涙が浮かんだ目元を白衣の袖で軽く拭うと、再び真剣な、けれどどこか温かい眼差しで、凌が大切そうに胸に抱えている『青空の絵』を指差した。
「私はね、その絵の才能を見出してくれた凌君を、ただの原石のままで終わらせたくないの。ちゃんと磨いて、誰もが目を奪われるような宝石に変えたい。……どうかな、この美術部に入って、私達と一緒に絵を描いてくれない?」
それは、真っ直ぐで、あまりにも純粋な勧誘の言葉だった。
夕暮れの静かな部室で、そんな風に真っ向から求められるなんて思ってもみなかった。
手の中にある絵の重みが、妙にリアルに指先に伝わってくる。
けれど、凌の胸の奥にある「拒絶反応」が、無意識のうちに防衛線を張らせた。
凌は困ったように眉を顰め、そして力なく首を横に振る。
「……前にも言ったっすけど、俺、絵は本当にめっきり描けないんですって。昔から美術の成績も最悪だったし、人物画も風景画も、何を描いてもまともな形にならないんです。何も描けませんよ、俺」
諦めに似た自嘲気味の声。自分には才能なんてない、あるわけがない。そうやって自分に言い聞かせることで、傷つくことから逃げようとしていた。
しかし、紫はその言い訳を優しく聞き流すようなことはしなかった。椅子の背もたれに顎を乗せたまま、射抜くような鋭い視線を凌へと向ける。
「それは、単純に絵を描くっていう行為そのものが好きじゃないから? それとも、自分には技術がないからって思い込んで、最初から毛嫌いしているだけ?」
「っ……! それ、は……」
痛いところを、正確に突かれた。
図星だった。絵を描くのが嫌いなのではない。上手く描けないから、周りと比べて下手くそな自分が惨めになるから、だから「嫌い」「ダルい」という言葉でコーティングして、最初から遠ざけていただけなのだ。
バツが悪くなった凌は、それ以上何も言えなくなり、逃げるようにして紫から斜め下へと目を逸らした。夕日の差し込む床の木目を、じっと見つめることしかできない。
その時だった。
視線を落とした凌の視界に、白い袖がすっと伸びてくるのが見えた。
拒む間もなかった。紫の小さくて、けれど芯のある強い指先が、凌の両頬を左右から包み込むようにして触れた。
「あ……」
そのまま、ぐいっと無理やり顔を動かされる。抵抗する隙も与えられないまま、凌の顔は正面を向かされ、紫の顔と至近距離で固定された。
心臓が跳ね上がった。しかし、それは胸がときめいたからではない。
目の前にある紫の瞳から、先ほどまでの柔らかい光や、悪戯っぽい輝きが完全に消え失せていたからだ。
そこに宿っていたのは、背筋が凍るほどの冷徹さ。
凌の浅はかな逃げ道を全て塞ぐような、静かな怒りと、深い軽蔑とがドロドロと入り混じった、冷たい冷たい視線だった。
頬に触れる彼女の指先が、不気味なほどに冷たく感じられる。
何も言えないまま、凌は恐怖すら孕んだその瞳に、ただただ釘付けにされていた。
涙が浮かんだ目元を白衣の袖で軽く拭うと、再び真剣な、けれどどこか温かい眼差しで、凌が大切そうに胸に抱えている『青空の絵』を指差した。
「私はね、その絵の才能を見出してくれた凌君を、ただの原石のままで終わらせたくないの。ちゃんと磨いて、誰もが目を奪われるような宝石に変えたい。……どうかな、この美術部に入って、私達と一緒に絵を描いてくれない?」
それは、真っ直ぐで、あまりにも純粋な勧誘の言葉だった。
夕暮れの静かな部室で、そんな風に真っ向から求められるなんて思ってもみなかった。
手の中にある絵の重みが、妙にリアルに指先に伝わってくる。
けれど、凌の胸の奥にある「拒絶反応」が、無意識のうちに防衛線を張らせた。
凌は困ったように眉を顰め、そして力なく首を横に振る。
「……前にも言ったっすけど、俺、絵は本当にめっきり描けないんですって。昔から美術の成績も最悪だったし、人物画も風景画も、何を描いてもまともな形にならないんです。何も描けませんよ、俺」
諦めに似た自嘲気味の声。自分には才能なんてない、あるわけがない。そうやって自分に言い聞かせることで、傷つくことから逃げようとしていた。
しかし、紫はその言い訳を優しく聞き流すようなことはしなかった。椅子の背もたれに顎を乗せたまま、射抜くような鋭い視線を凌へと向ける。
「それは、単純に絵を描くっていう行為そのものが好きじゃないから? それとも、自分には技術がないからって思い込んで、最初から毛嫌いしているだけ?」
「っ……! それ、は……」
痛いところを、正確に突かれた。
図星だった。絵を描くのが嫌いなのではない。上手く描けないから、周りと比べて下手くそな自分が惨めになるから、だから「嫌い」「ダルい」という言葉でコーティングして、最初から遠ざけていただけなのだ。
バツが悪くなった凌は、それ以上何も言えなくなり、逃げるようにして紫から斜め下へと目を逸らした。夕日の差し込む床の木目を、じっと見つめることしかできない。
その時だった。
視線を落とした凌の視界に、白い袖がすっと伸びてくるのが見えた。
拒む間もなかった。紫の小さくて、けれど芯のある強い指先が、凌の両頬を左右から包み込むようにして触れた。
「あ……」
そのまま、ぐいっと無理やり顔を動かされる。抵抗する隙も与えられないまま、凌の顔は正面を向かされ、紫の顔と至近距離で固定された。
心臓が跳ね上がった。しかし、それは胸がときめいたからではない。
目の前にある紫の瞳から、先ほどまでの柔らかい光や、悪戯っぽい輝きが完全に消え失せていたからだ。
そこに宿っていたのは、背筋が凍るほどの冷徹さ。
凌の浅はかな逃げ道を全て塞ぐような、静かな怒りと、深い軽蔑とがドロドロと入り混じった、冷たい冷たい視線だった。
頬に触れる彼女の指先が、不気味なほどに冷たく感じられる。
何も言えないまま、凌は恐怖すら孕んだその瞳に、ただただ釘付けにされていた。