君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 灰色の重苦しい雲が立ち込める屋上の端。そこに、彼女はいた。
 凌の視線の先、冷たいコンクリートの床に直に座り込み、何事かを激しい手つきで行っている人影がある。
 その周囲には、昨日よりもさらに乱雑に、大量の画材がぶちまけられたように散らばっていた。
 そして何より凌の目を引いたのは、その足元に転がっている無残な紙切れの山。
 ビリビリに、原型を留めないほどに力任せに破り捨てられた、数枚の絵の残骸。それらは湿った冷たい風に吹かれ、惨めなほどに床を這い回っている。
 その光景に一瞬気圧されそうになりながらも、凌は握り締めた拳に力を込め、一歩一歩、彼女の背中へと近づいていった。

「あ、あの!」

 静寂を破るように、凌は声を張り上げた。
 近づき、謎の人物の真ん前に立つ。
 突然降ってきた声に、彼女はぴくりと肩を強張らせ、動かしていた筆を止めた。
 ゆっくりと顔を上げ、凌の方を横目で睨みつけるようにして見据える。その表情は、昨日にも増してあからさまな不快感と不機嫌さに歪んでいた。

「……また君?」

 氷のように冷たい声だった。

「絵を、教えてくれませんか?」

 恐怖を押し殺し、凌は昨日と同じ請願を口にした。真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ、精一杯の声を絞り出す。
 しかし、彼女は大きなため息を吐き出すと、手に持っていた筆を乱暴にバケツへと放り込んだ。水が濁った音を立てて跳ねる。

「君、随分としつこいよね。本当に何なのかな、さっきから」

 彼女は立ち上がり、凌を拒絶するように一歩、後ろへと下がった。

「言ったはずだよ。私は絵が上手いなんて言葉で他と一緒にされたくないし、ど素人に手っ取り早く上手くなる方法を教えるつもりもない。それに、私には――」

 彼女の言葉が、一瞬だけ途切れる。
 その瞳の奥に、昨日の放課後に見たような激しい焦燥の光が過ったのを凌は見逃さなかった。

「……とにかく、迷惑。二度とここに来ないで」

 決定的な拒絶が見て取れる。彼女は凌に背を向けようとした。
 その瞬間、凌の脳裏に、昨日の放課後の夕闇に染まった美術室の光景が、そして紫のあの苦々しい表情が鮮烈に蘇った。

『どうしても知りたいなら、また明日屋上に行きなさい。そこであの子にこう言うの。――“貴方の右手にして”ってね』

(貴方の、右手……)

 意味はまだ分からない。こんな突拍子もない言葉を口にすれば、もっと嫌われるかもしれない。嘲笑われるかもしれない。
 凌は一度、謎の人物から視線を逸らし、ぎゅっと目を瞑って俯いた。胸の奥が張り裂けそうなほどに激しく脈打っている。
 逃げ出したいという恐怖と、それでもこの少女の『青』に触れていたいという衝動が、頭の中で激しくせめぎ合う。
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