君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
凌は、一つ大きく息を吸い込んだ。冷たい曇り空の空気が、肺をいっぱいに満たす。
そして、意を決して顔を上げた。その瞳には、もう迷いはなかった。
「先輩の、右手にしてほしいんです!」
屋上の静寂を切り裂いて、凌の叫びが響き渡った。
「……は?」
彼女の動きが、完全に凍りついた。
見開かれた瞳。怪訝さと、それ以上に「何故その言葉を君が知っているのか」という困惑と動揺が、彼女の顔にありありと浮かび上がる。
凌はもう止まらなかった。言葉の意味を考えるより先に、胸の奥から溢れ出す熱い感情のままに、捲し立てるように言葉を続けた。
「俺が、先輩の右手になります。だから、絵を教えてほしいんです! 技術とか、そういう手っ取り早いことじゃなくて……俺、あの美術室の前に飾ってあった青空の絵を見た時、生まれて初めて、絵ってすげぇ綺麗だって思ったんすよ。あんな絵を描く先輩の、その想いを生み出すための、専売の右手に俺はなりたい。先輩の道具でも何でもいいから、隣で、その世界を見せてください!」
めちゃくちゃな論理だったかもしれない。けれど、凌の目は、言葉は、これ以上ないほどに本気だった。
灰色の空の下、二人の視線が真っ正面からぶつかり合う。
彼女は何も言わなかった。ただ、信じられないものを見るかのように、あるいは、ずっと隠し続けてきた心の奥底を無理やり抉り開けられたかのように、愕然とした表情で凌を見つめ返している。
その唇が、微かに震えていた。
二人の間を何処か寂しげなそよ風が、すうっと通り過ぎていく。
風は床に散らばった破片を小さく揺らし、彼女の長い髪を、そして凌の黒髪を静かに靡かせた。
重苦しい曇り空の境界線で、時が止まったかのような沈黙が、二人の間を優しくも重々しく満たしていった。
その灰色の世界の中心で、凌は一歩も引くことなく、ただ真っ直ぐな視線を彼女へと向け続けていた。
心臓は壊れた鐘のように激しく鳴り響いている。それでも、一度決めた覚悟を引っ込めるつもりは毛頭なかった。
対する彼女の顔からは、先ほどまでの分かりやすい不機嫌さが急速に消え失せていた。
代わりに、まるで底の抜けた暗闇が広がっていくかのように、その表情は徐々に、そして決定的に曇っていく。
見開かれた瞳の奥に宿ったのは、他人に決して踏み込まれたくなかった聖域を容赦なく暴かれた者の戦慄だった。
「……誰に言われたの」
低く、地を這うような声だった。
声音に宿る温度は完全に氷点下まで下がり、吹き抜けるそよ風さえも鋭い刃物のように感じられる。
「部長の、綾瀬先輩からこう言うように言われたんっすよ」
凌は怯む心を必死に抑え込み、正面から言葉を返した。
「部室にすら顔を出さない先輩にこう言えば、絵を教えてくれるって。だから俺は――」
「紫……っ。いつも余計なことばかり……!」
彼女はきつく奥歯を噛み締め、誰かを呪うように、あるいは自分自身の不甲斐なさを呪うようにそう吐き捨てた。
そして、意を決して顔を上げた。その瞳には、もう迷いはなかった。
「先輩の、右手にしてほしいんです!」
屋上の静寂を切り裂いて、凌の叫びが響き渡った。
「……は?」
彼女の動きが、完全に凍りついた。
見開かれた瞳。怪訝さと、それ以上に「何故その言葉を君が知っているのか」という困惑と動揺が、彼女の顔にありありと浮かび上がる。
凌はもう止まらなかった。言葉の意味を考えるより先に、胸の奥から溢れ出す熱い感情のままに、捲し立てるように言葉を続けた。
「俺が、先輩の右手になります。だから、絵を教えてほしいんです! 技術とか、そういう手っ取り早いことじゃなくて……俺、あの美術室の前に飾ってあった青空の絵を見た時、生まれて初めて、絵ってすげぇ綺麗だって思ったんすよ。あんな絵を描く先輩の、その想いを生み出すための、専売の右手に俺はなりたい。先輩の道具でも何でもいいから、隣で、その世界を見せてください!」
めちゃくちゃな論理だったかもしれない。けれど、凌の目は、言葉は、これ以上ないほどに本気だった。
灰色の空の下、二人の視線が真っ正面からぶつかり合う。
彼女は何も言わなかった。ただ、信じられないものを見るかのように、あるいは、ずっと隠し続けてきた心の奥底を無理やり抉り開けられたかのように、愕然とした表情で凌を見つめ返している。
その唇が、微かに震えていた。
二人の間を何処か寂しげなそよ風が、すうっと通り過ぎていく。
風は床に散らばった破片を小さく揺らし、彼女の長い髪を、そして凌の黒髪を静かに靡かせた。
重苦しい曇り空の境界線で、時が止まったかのような沈黙が、二人の間を優しくも重々しく満たしていった。
その灰色の世界の中心で、凌は一歩も引くことなく、ただ真っ直ぐな視線を彼女へと向け続けていた。
心臓は壊れた鐘のように激しく鳴り響いている。それでも、一度決めた覚悟を引っ込めるつもりは毛頭なかった。
対する彼女の顔からは、先ほどまでの分かりやすい不機嫌さが急速に消え失せていた。
代わりに、まるで底の抜けた暗闇が広がっていくかのように、その表情は徐々に、そして決定的に曇っていく。
見開かれた瞳の奥に宿ったのは、他人に決して踏み込まれたくなかった聖域を容赦なく暴かれた者の戦慄だった。
「……誰に言われたの」
低く、地を這うような声だった。
声音に宿る温度は完全に氷点下まで下がり、吹き抜けるそよ風さえも鋭い刃物のように感じられる。
「部長の、綾瀬先輩からこう言うように言われたんっすよ」
凌は怯む心を必死に抑え込み、正面から言葉を返した。
「部室にすら顔を出さない先輩にこう言えば、絵を教えてくれるって。だから俺は――」
「紫……っ。いつも余計なことばかり……!」
彼女はきつく奥歯を噛み締め、誰かを呪うように、あるいは自分自身の不甲斐なさを呪うようにそう吐き捨てた。