君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
彼女は柵から身体を離すと、碧南の正面へと回り込み、その綺麗な横顔をじっと覗き込んだ。
そこにはいつものおちゃらけた笑みはなく、現実を冷酷に突きつけるような、真剣で、悲痛な眼差しが宿っていた。
「貴方には、もう時間が無いの。今この瞬間も、刻一刻とあなたの『絵を描く時間』は病魔に奪われていっている。だったら、少しでも長く大好きな絵を描き続けるために、少しでも多くの人にその絵を見てもらえるように……今、できることがあるはずじゃない?」
――貴方の右手にして。
自分が凌に授けたあの言葉の意味。動かなくなる碧南の右手の代わりに、彼女の熱量を、技術を、想いを受け継ぐための『器』。
それを受け入れることこそが、碧南に残された唯一の道なのだと、紫の瞳は無言で訴えていた。
碧南は紫の真っ直ぐな視線から逃れるように視線を斜め下へと逸らし、きつく唇を噛み締めたまま、しばしの間激しく考え込んだ。
夕闇が完全に屋上を支配し、夜の帳が下りようとしている。風が、二人の白衣と制服のスカートを激しく揺らしていた。
やがて、碧南は諦めたように深く、重い溜息を吐き出した。
「……悪趣味だよ。紫も、あいつも」
ぽつりと、けれどどこか吹っ切れたような声音で碧南が呟く。
その言葉を聞いた瞬間、紫の顔に、いつもの意地の悪い、けれど愛らしい得意げな笑みが戻ってきた。
「ふふ、最高の褒め言葉として受け取っておく」
紫は満足そうに微笑むと、その場でくるりと軽やかに半回転し、屋上の出口へと向かって歩き出した。
残された碧南は、もう一度だけ、自分の頼りない右手をじっと見つめた。
それから、その手を強く握りしめてトートバッグの紐を掴み直すと、紫の後を追うようにして、ゆっくりと歩き出して屋上を去っていく。
誰もいなくなった静寂の屋上に、ただ冷たい夜風だけが、いつまでも吹き抜けていた。
そこにはいつものおちゃらけた笑みはなく、現実を冷酷に突きつけるような、真剣で、悲痛な眼差しが宿っていた。
「貴方には、もう時間が無いの。今この瞬間も、刻一刻とあなたの『絵を描く時間』は病魔に奪われていっている。だったら、少しでも長く大好きな絵を描き続けるために、少しでも多くの人にその絵を見てもらえるように……今、できることがあるはずじゃない?」
――貴方の右手にして。
自分が凌に授けたあの言葉の意味。動かなくなる碧南の右手の代わりに、彼女の熱量を、技術を、想いを受け継ぐための『器』。
それを受け入れることこそが、碧南に残された唯一の道なのだと、紫の瞳は無言で訴えていた。
碧南は紫の真っ直ぐな視線から逃れるように視線を斜め下へと逸らし、きつく唇を噛み締めたまま、しばしの間激しく考え込んだ。
夕闇が完全に屋上を支配し、夜の帳が下りようとしている。風が、二人の白衣と制服のスカートを激しく揺らしていた。
やがて、碧南は諦めたように深く、重い溜息を吐き出した。
「……悪趣味だよ。紫も、あいつも」
ぽつりと、けれどどこか吹っ切れたような声音で碧南が呟く。
その言葉を聞いた瞬間、紫の顔に、いつもの意地の悪い、けれど愛らしい得意げな笑みが戻ってきた。
「ふふ、最高の褒め言葉として受け取っておく」
紫は満足そうに微笑むと、その場でくるりと軽やかに半回転し、屋上の出口へと向かって歩き出した。
残された碧南は、もう一度だけ、自分の頼りない右手をじっと見つめた。
それから、その手を強く握りしめてトートバッグの紐を掴み直すと、紫の後を追うようにして、ゆっくりと歩き出して屋上を去っていく。
誰もいなくなった静寂の屋上に、ただ冷たい夜風だけが、いつまでも吹き抜けていた。