君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
◆Greysky
新入部員
放課後の独特な喧騒が響く新校舎を離れ、凌は薄暗い特別棟へと足を踏み入れていた。
木造の床が歩くたびに小さく軋む。独特の古いワックスと、油絵の具が混ざり合った匂いが鼻腔を擽った。
美術部の部室前に立ち、凌は一度、深く息を吸い込む。
昨日、感情を爆発させて紫の入部届を奪い合ってから、一晩中考え抜いた。
自分がしでかしたことへの罪悪感は消えない。それでも、あの『青空』から目を逸らしたまま逃げ出すことだけはしたくなかった。
覚悟を決めて、ガラガラと部室の扉を開ける。
「待ってたよ、よく来てくれた!」
扉が開いた瞬間、待ち構えていた紫が満面の笑みを浮かべて、弾むような足取りで近寄ってきた。
「これから美術部員として、よろしくね! 凌君」
「……はい、よろしくお願いします」
まだ少し気まずさを残しながらも、凌は真っ直ぐ紫の目を見て頭を下げた。
そんな凌の緊張を解きほぐすように、紫はポンと彼の肩を叩く。
「それじゃあ、まずは凌君の席を作ろうか。そこら辺にある好きな椅子を何処でも持って行ってもらって、自分のスペースを確保してね。うちの部活、場所は皆その日の気分で気まぐれに変えたりするから、早い者勝ちだよ」
凌は部室内を見渡した。放課後の柔らかな光が差し込む、大きな窓辺が目に留まる。そこへトントンと丸椅子を運び、自分の居場所を定めた。
凌が席を決めると、紫がすぐに、近くの棚からいくつかのアトリエ用の画材を持ってきて、傍の机の上に丁寧に並べた。
「基本的に、最初に使うような鉛筆とかスケッチブック、基本の絵の具なんかは部費で買うから、ここら辺にあるのを使って。もし自分専用の筆を追加したいとか、個人的に無くなったものは、自分で随時お金を出して買ってもらえると助かるかな」
「分かりました。あざっす」
並べられた真新しい鉛筆の束や、まだ誰も使っていないスケッチブックを見て、凌の胸に「これから絵を描くんだ」という不思議な実感が湧いてくる。
「うん、いいお返事。じゃあ、まずは自由に白い紙に何か描いてみて。私はあっちで自分の作業をしてるから」
紫はそう言い残し、自分のキャンバスがある部屋の奥へと離れていった。
一人残された凌は、机の上のスケッチブックを手に取り、そっと広げた。
パサリ、と音を立てて現れた真っ白なページ。何を描けばいいのか、何処から線を引けばいいのかすら分からない。けれど、鉛筆を握る指先には、昨日とは違う静かな熱が宿っていた。
放課後の光が満ちる、静まり返った部室内。鉛筆の芯が紙に触れるかすかな音さえ響きそうなその静寂を破って、突如、ガラガラと扉を開ける音が大きく響き渡った。