君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 音を立てて開いた引き戸の向こう。そこに佇む人物の姿を認めた瞬間、部室内にいた凌以外の全ての部員――奥の席で作業をしていた数人の先輩達が、まるで時間を止められたかのように一斉に動きを止め、入り口を見て固まった。

「えっ、何しに来たの!?」

 静寂を切り裂いたのは、紫の素っ頓狂な驚きの声だった。いつも飄々としている部長が、目を見開いて声を裏返らせている。
 そのただごとではない反応に、窓辺にいた凌もようやく背後を振り返った。
 視線の先にいたのは、碧南だった。
 トートバッグを肩にかけ、新校舎の制服のまま、彼女はゆっくりと部室の中へ足を踏み入れる。
 部員達の視線が突き刺さるのも気に留めず、真っ直ぐに紫の前へと進み出ると、正面から向き合って毅然と言い放った。

「先輩として、やるべきことをやりに来たの。……彼は?」
「そこにいるけど……って、ちょっと!」

 紫の制止の声など初めから聞こえていないかのように、碧南はツカツカと迷いのない足取りで部室の奥へ、凌のいる窓辺の席へと歩いていく。床を踏み鳴らす規則正しい音が、やけに大きく部室に響いた。
 凌の机の前でピタリと足を止めると、碧南は冷徹な、決意を秘めた瞳で凌を見下ろした。

「ねえ」
「えっ、俺……っすか?」

 突然のことに思考が追いつかず、凌は間抜けた声を上げながら自分を指差した。

「君以外に誰がいるの」

 碧南は呆れたように小さく溜息を吐く。

「もう、勝手なことばっかりして……。碧南、凌君に一体何の用があって――」

 慌てて追いかけてきた紫が二人の間に割って入ろうとするが、碧南はそれを片手で制し、凌に向かって短く告げた。

「付いて来て。先輩として、君に特別授業をしてあげる」

 それだけ言うと、碧南は返事すら待たずにくるりと反転し、凌に冷たい背中を向けたまま、入ってきた時と同じ早足で部室を出ていってしまった。
 あとに残されたのは、嵐が過ぎ去ったかのような静寂。
 凌はスケッチブックを抱えたまま呆気にとられ、完全に置いてけぼりを食らっていた。
 あんなに拒絶され、二度と来るなとまで言われたはずの相手から、まさか「特別授業」なんて言葉が出てくるとは夢にも思わなかったのだ。
 どうすればいいのか分からず、凌は縋るような思いで紫の顔を見た。
 助けを乞うように視線を送ってきた凌に対し、紫は一瞬だけ驚いたように眉を上げたが、すぐに全てを察したようにふっと口元を緩めた。
 そして、その大きな瞳を優しく細めると、迷う凌の背中を押すように、深く、力強く頷いて見せた。
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