君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 先ほどまで激しい自己嫌悪に身を窶していた凌だったが、碧南のその冷徹な視線を受け、逆に頭の芯が急速に冷えていくのを感じた。
 散らばったパズルのピースが、彼女の残酷な告白によってもう一つの形を結んでいく。
 話を聞いて、全てが腑に落ちた。

「……そっか、そういうことだったんだ」
「何」

 碧南は不快そうに眉を顰め、冷たい声を低く響かせる。

「綾瀬先輩が俺に言ったこと」
「私の右手になりたい、だっけ。本当に、紫の考えることは悪趣味だなぁ」
「あの時は、俺もただ絵を学びたい一心で、綾瀬先輩がどんな想いでそれを言ったなんて、何も考えていなかった。……けど、今なら分かる。綾瀬先輩って、澄朱華先輩のことが大好きなんだな」
「は?」

 碧南は心底嫌そうな声を上げた。

「的外れもいいとこ。私は大嫌い。紫の性格も、描く絵も、見るに耐えないし」
「確かに、綾瀬先輩の性格にはちょっと難アリって感じっすけど……絵が見るに耐えないって、どういうことだ?  俺、部室で何度か綾瀬先輩の絵を見たけど、そんなふうには思わなかった。むしろ凄く繊細で……」

 凌の純粋な疑問の言葉を聞いた瞬間、碧南の動きがピタリと止まった。
 彼女はハッとしたように目を見張り、しまった、とばかりにそのまま大きく天を仰いだ。その端整な顔に、明らかな後悔の色が走る。
 そんな彼女の様子を見て、凌は頭の上にいくつも疑問符を浮かべるようにして、不審がって首を傾げた。

「しまった、これ……絶対にあいつに言わない方が良かったやつだ……」

 碧南は天を仰いだまま、苦々しく、消え入りそうな声で呟く。

「どういうことなんすか?  隠さないで、教えてくださいよ」

 凌が一歩詰め寄ると、碧南は諦めたようにゆっくりと視線を落とし、重い溜息を吐き出した。

「分かった……色盲なの、紫。色覚異常ってやつ」
「色盲……?  色盲って、色が正しく見えないっていう、あの……?」
「まあ、簡単に言えばそうなるね。紫の場合は先天的なものじゃなくて、後天的なやつらしくて……今も上手く見えてないらしい。特に、私の絵とかは分かりやすくてさ。私の絵って、これ見よがしに青空ばかりでしょ?  一面真っ青に塗ってあるけど、紫にはそれが……灰色とかに、見えるらしい。紫の目には、私のこの絵は『綺麗な青空の絵』じゃなくて、『重たい雨雲が何処までも広がる灰色の絵』なんだよ」

 碧南はパレットに手を伸ばすと、冷たい手つきで黒と白の絵の具を絞り出し、それらを濁らせるように混ぜ合わせていく。
 パレットの上に、泥のような、不気味な灰色の絵の具が浮かび上がる。
 彼女はそれを筆にたっぷりと取ると、先ほどまで快晴の空の下で美しく輝いていたはずの真っ青な紙の上へ、乱暴に、叩きつけるようにしてその灰色を塗り潰していった。
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