君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 パレットから掬い上げられた濁った灰色が、鮮烈なウルトラマリンの上を無慈悲に侵食していく。
 青色と灰色が激しく混ざり合い、つい先ほどまであれほど美しく、透き通るような輝きを放っていた紙の上が、一瞬にしてどす黒く混濁していった。
 その最悪な色彩の混じり合いをじっと見つめながら、凌は記憶の底にある、紫との最初の出会いを手繰り寄せていた。

「……初めて綾瀬先輩と会った時、俺、言われたんです。君には『見る目がある』って。それって、もしかしたら……先輩の絵を、先輩が本当に描きたかった正しい色で見られる俺だから、そんな風に言ったのかな。自分は、先輩が思う色で見ることができないから……あんな言い方をしたのかもって」
「紫のことだからね、そういうひねくれた理由もあり得るだろうけど。私からしてみれば、いい迷惑」

 碧南は筆を動かす手を止めないまま、冷淡に言い放つ。

「あいつの歪んだ自己満足の道具に、私の絵を使わないでほしい。色なんて、見えようが見えまいがどうでもいいのに」
「……せっかく俺がいいことを言ったと思えば、それかよ。先輩って、一々厳しい言い方しますね」

 凌は小さく肩を竦め、苦笑交じりに溜息を吐いた。
 本当にこの先輩は、何処までも容赦なく、他人の感傷を叩き潰していく。

「まあ、最後まで聞いて」

 碧南は、凌の呆れたような言葉を気にする風でもなく、淡々と言葉を続けた。

「紫が何を思って君にそんなことを言ったのか、私は知りもしないし、興味もない。……けど、多分ね。君のその、真面目で純粋な感想を抱ける性格が、あいつはただ気に入ったんじゃないかな?  紫って、ああ見えて自称ロマンチストだからさ。君のことを『加工前の原石』だとかなんとか、部室で大真面目に言ってたしね」

 碧南はそう言うと、灰色に汚れ、混ざり合ってしまったスケッチブックのページを、ビリリッと躊躇なく引き破った。
 そして、その引き千切った紙を、頭上に広がる本物の快晴の空へと向かって、すっと天高く掲げてみせた。
  澄み切った本物の青空と、彼女の手元にある、灰色に濁って汚された偽物の青。
 その残酷な対比が、太陽の強い光に照らされて、二人の間に鮮烈に浮かび上がっていた。
< 57 / 107 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop