君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
初めてのコンテスト
消毒液の独特な匂いが薄く漂う、何処か無機質な白い病室。
静まり返ったその部屋には、心電図を初めとする医療機械の、低く規則的な電子音だけが静かに、そして残酷なほど一定のリズムで響き渡っていた。
外界の生命の営みや喧騒を完全に遮断したその空間は、まるで世界の果てにぽつんと取り残されてしまったかのような、奇妙な孤独感を孕んでいる。
窓際のベッドに横たわり、静かに眠り続ける一人の女性。
彼女の周囲だけは、まるで時間という概念そのものが凍りついてしまったかのように、一切の動きが見られない。
規則正しく、穏やかな寝息を立てるその姿は、一見するとただ心地よい深い眠りについているだけのようにも見えた。
けれど、彼女が再びその瞳を開き、自らの足で立ち上がる日がいつになるのかは、主治医を含め、誰にも分からなかった。
碧南は衣服が擦れる音すら立てないよう細心の注意を払いながら、ベッドの傍らに置かれた無骨なパイプ椅子へと静かに腰掛けた。
そして、自身の膝の上に、少し古びた小さなスクールバッグをそっと横たえる。
レースのカーテン越しに差し込む、午後の眩しくも柔らかな太陽の光が、白く清潔なベッドのシーツと、眠る彼女の穏やかな横顔を淡く照らし出していた。
「こんにちは、澄朱華先輩」
学校にいる時と変わらない、けれどいつもより少しだけトーンを落とした、囁くような優しい声で碧南は呼びかけた。
当然のことながら、期待された返事が返ってくることはない。彼女の紡いだ言葉は、規則的に鳴り続ける機械音の波の中に、抵抗もなく静かに溶けて消えていく。
それでも碧南は、そんな拒絶に似た静寂が当たり前の日常であるかのように、慣れた様子で語りかけを諦めずに続けた。
「この間、美術部にちょっと変わった変な新入生が来たんですよ」
その少年の存在を口にした瞬間、学校では常に凍てついたように強張っていた碧南の口元が、ふっと心からの温かみを帯びて緩んだ。
クラスメイトや部員達に見せる、あの周囲を拒絶するような冷徹で近寄りがたい雰囲気とはまるで違う、年相応の、何処か愛おしむような優しい眼差しがその瞳に宿る。
「酷い遅刻魔だし、口数も少なくて愛想もないし、私に対する言葉遣いだって、ちょっと生意気で。おまけに、美術部に入ってきたくせに、基礎のデッサンすらまともにできないんですよ? 線の引き方一つとっても、本当に形になっていなくて……」
文句を並べているはずなのに、その声音は楽しげで、穏やかな響きを持って誰もいない病室の壁を優しく満たしていく。
「なのに。あの子、絵を描く時だけは、妙に必死なんです。まるで、自分の世界にはもうそれしか残されていないとでも思い込んでいるみたいに、みっともないくらい、必死にキャンバスに噛みついていて」
そう呟いて、碧南は窓の外の空を見つめるようにしながら、静かに、そして懐かしむように笑った。
ただただ我武者羅に筆を動かしていた、あの頃の情熱。
「……ちょっとだけ、昔の先輩に似てるかもしれません。周りの声なんて一切耳に入らなくなって、ただ自分の『好き』を証明するためだけに、狂ったようにキャンバスへと向かっていた、あの頃の先輩の姿に」