君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 これまでずっと伏せられていた碧南の長い睫毛がゆっくりと持ち上がり、その瞳が真っ直ぐに凌の顔を見つめた。

「……変な子だね」

 ぽつりと彼女の唇から落ちた声は、困惑したように微かに揺れている。

「今まで、私にそんなこと言った人、誰もいなかったよ」
「……そりゃどうも」

 気恥ずかしさを隠すように、凌は反射的にぶっきらぼうな憎まれ口を返した。
 けれど、いつもみたいに軽い調子で突き放すことはできなかった。自分の右手を包み込んでいる碧南の手が、驚くほど温かかったからだ。
 冷徹な仮面を被った彼女の、剥き出しの体温。
 それに気づいた瞬間、繋がった掌から全身へ熱が広がるようで、変に意識を集中させてしまう。

「ねぇ、凌」

 不意に、初めて名前だけで呼ばれた。ドクン、と胸の奥が騒がしく跳ねる。

「どんな絵を描いたの?」
「え?」
「この前の、コンテストに出したっていう絵」

 碧南は小首を傾げ、覗き込むようにして凌の顔を見た。

「私には、見せてくれないの?」

 凌は堪らず、一瞬だけ視線を斜め下へと逸らした。

「いや……実物のキャンバスは部室だし、もう搬入されちゃってるし」
「写真とか、撮ってない?」
「……ある、けど」

 何故だか急に、猛烈な気恥ずかしさが襲ってきた。
 自分の絵を誰かに見せること自体、まだ全く慣れていないのだ。しかも、その相手が他ならぬ碧南だということが、凌の心を激しく躊躇わせる。
 青空を描けば誰もが息を呑み、その圧倒的な色彩で人の心を狂わせるほどの才能を持つ彼女に、自分の絵を見せるなんて。
 凌は渋々といった様子で左手ポケットからスマホを取り出すと、写真フォルダを開いた。画面をスクロールし、コンテストに提出する直前、部室の教卓の横で記録用に撮っておいた一枚の画像を表示させる。
 画面に映し出されたのは、何処かの学校の屋上から、ただ純粋に見上げた青空を描いた風景画だった。
 視界のほとんどを埋め尽くすような、何処までも広大な青のグラデーション。けれど、この絵を「誰かの視界」として仮定するならば、その視界の端には、無機質な鉄柵の格子と、遠くに見える高層ビルの天辺が寂しげに覗いている。
 あの屋上から見た、切り取られた世界の境界線そのものだった。
 凌は液晶画面を碧南の方へと向けた。

「……下手くそだけど」

 自嘲を多分に滲ませて、ぽつりと呟く。
 碧南はからかうような言葉を返すこともなく、ただじっと、吸い込まれるように画面を見つめていた。
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