君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 その横顔は驚くほど真剣で、彼女の呼吸すら聞こえなくなるほどの静寂が二人の間に落ちる。
 やがて、碧南はふっと、哀愁を帯びた優しい目で瞳を細めた。

「絵の上手い下手はね」

 静かで、とても穏やかな声だった。

「全体のバランスが取れているから上手いとか。色の扱いが上手いとかそういったことじゃなくて」

 碧南の細い指先が、スマホの画面へとそっと触れた。まるで、強く触れたら壊れてしまう硝子細工に触れるかのように、痛々しいほど優しく。
 凌の手を握る彼女の指先や掌は、いつだって落ちない絵の具で汚れている。
 泥々になるまでキャンバスと格闘してきた、泥臭い画家の手。だからこそ、凌にだけは分かった。
 この人が言葉の奥に隠している、彼女だけの独特な価値観や、不器用な優しさというやつが。

「何を表現しているのか、それを他者が見た時にすぐ気づかせられるような絵を描くことなんじゃないかな」

 静かに紡がれる彼女の言葉が、凌の胸の奥深くへと、冷たい水のようにゆっくりと沈んでいく。
 周りの部員立ちが、美術部員であり続けるための義務や、コンテストの賞のために無理やり絵を描いている中で。
 彼女だけは、凌がどうしてその絵を描いたのか、その筆先に込められた祈りのような想いを全て見透かすように見つめていた。

「これって、この屋上にいるよね」

 碧南が画面を見つめたまま、確信を持った声で呟く。

「……誰かを待っている絵だ、これ」

 凌の肩が、微かに、けれど確かに揺れた。心臓を直接指で突かれたような衝撃が走る。

「……なんで、そう思うんだよ」
「だって、すごく寂しそうだから」

 あまりにも自然に、彼女は言った。

「でもね、ただ暗くて孤独なだけじゃないの。その青は……ちゃんと、その場所へ『誰かが来る』って、心のどこかで信じている色をしてる」

 碧南がスマホから顔を上げた。
 まつ毛の奥にある瞳が、真っ直ぐに凌の視線を射抜く。

「君、誰かのことを想いながら……誰かを待ちながら、この絵を描いたでしょ」

 図星だった。
 あの日、あの部室や自室で取り憑かれたように筆を動かしていた時、凌の脳裏に無意識に浮かんでいたのは、いつだって目の前の碧南の姿だった。
 誰かの目線で広がる、広大な青空。
 空を見上げる「誰か」は、まだ見えない、けれどいつか必ず現れるはずの、大切な誰かを待っている。
 それを彼女は、一目で看破してみせたのだ。
 完全に言葉を失い、喉を詰まらせる凌を見て、碧南は悪戯が成功した子供のように、小さく悪戯っぽく笑った。

「ほらね。当たってた」
「……お前、エスパーかよ」
「違うよ」

 そう言って、碧南は凌の手を握ったままの自らの手に、きゅっと、少しだけ愛おしそうに力を込めた。

「同じように絵を描く人なら、誰だって分かるだけの話だよ」
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