君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 長い廊下を全力で駆け抜けてきた凌は、部室の前で激しく肩を上下させていた。

「っ、はぁ……はっ……」

 肺が焼けるように熱い。屋上から一気に走ってきたせいで、制服のシャツがじっとりと背中に張り付いていた。

(なんなんだよ、マジで……)

 胸騒ぎが止まらない。紫のあの切羽詰まった声と、一方的に切れた通話。最悪の想像ばかりが頭を過る中、凌は荒い息を無理矢理飲み込み、部室の引き戸をガラリと開けた。
 夕陽に染まった美術室の中央、紫と碧南の二人が立っていた。
 凌の姿を認めた瞬間、紫がぱっと顔を輝かせる。

「やっと来た!」
「何か急いでるみたいでしたけど、どうかしたんすか?」

 息を切らす凌に対し、碧南はいつも通り落ち着いた様子で小さく肩を竦めた。

「そんな焦ることでもないよ。少しは落ち着いて、紫」
「呑気なこと言ってる場合じゃないってば!」

 紫は勢いよく振り返ると、ずいっと凌との距離を詰め、その両肩をがしっと掴んだ。

「っ!?」

 突然のことに凌は思わず喉を鳴らす。真正面から見つめてくる紫の目は、妙にギラギラと輝いていて逆に怖かった。

「コンテストの入賞結果が返ってきたよ」

 一瞬、言葉の意味が頭にすんなり入ってこなかった。

「……は?」
「これがその要項」
 
 横から静かな声が差し込み、碧南が一行の書類を差し出してきた。
 凌は怪訝そうに眉を顰めながら、その紙を受け取る。

『高校生芸術コンテスト』

 大きく印刷されたタイトルの下には、入賞者の学校名や名前がずらりと並んでいる。その紙面の一箇所だけ、黄色いマーカーで鮮やかに線が引かれていた。
 凌の視線が、ゆっくりとそこへ吸い寄せられる。

「…………」

 思考が止まった。
 紙を持つ手が、微かに震える。

「……え」

 間抜けな声が漏れた。何度見ても、マーカーの引かれた先には、確かに自分の名前が刻まれている。

「……は?  いや、待って……なんで?」
「なんでって、入賞したからだよ!」

 紫が爆発させたように興奮気味に叫ぶ。
 今にも飛びつかんばかりにその身体は上下に揺れていた。

「しかも優秀賞!  一年でこれは普通に大快挙だからね!?」
「いやいやいや、おかしいっすよ」

 凌は勢いよく首を振った。

「だって俺、ほぼ初心者っすよ? なんかの手違いかミスじゃ……」
「審査員のサインもちゃんと載ってる。ミスじゃないよ」

 碧南が静かに言った。その声は心底嬉しそうで、少し誇らしげですらある。

「君の絵が、ちゃんと評価されたんだ」

 凌は言葉を失った。
 信じられない気持ちの裏側で、あの何十枚も紙を破り捨てた夜や、眠気を削って泥泥になりながら描き続けた時間が、一瞬だけ脳裏を過る。じわじわと、胸の奥が妙な熱を帯びていくのが分かった。
 碧南が、ふっと小さく笑う。
 夕陽に照らされた彼女の瞳が、静かに細められた。

「だから言ったでしょ。凌には、凌にしか描けない絵があるって」
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