君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 呆れたようにそう言いながらも、碧南の声音は優しかった。
 凌は何も返せないまま、ただ唇を噛んで手の中の紙を見つめる。
 最優秀賞。その文字の重さが、じわじわと胸へ沈んでいく。
 美術部へ入った時は、ただ息苦しい日常から逃れる居場所が欲しかっただけだ。
 絵なんてまともに描けず、才能なんて言葉とは無縁で、昔から描き続けてきた周囲の部員たちとは違っていたはずなのに。気づけば、こんな場所まで来てしまっていた。

「まぁでも」

 不意に、碧南が窓の外へと視線を向けた。
 夕陽は少しずつ沈み始めていて、校舎の影を長く伸ばしている。

「これで終わりじゃないから」
「……え?」
「授賞式、来週でしょ」

 言われて凌が目を瞬かせる。そういえば、要項の下部にそんな記載があった。

『全国高校美術コンクール授賞式』
 
 会場はこの学校の空き教室らしいが、それは一部の受賞者の作品だけを飾るもの。
 そして、入賞作品は数日間にわたって一般展示されるらしい。

「自分の絵が飾られているところ、ちゃんと見てきなよ」

 碧南は静かに笑った。

「君の描いた絵が、確かに誰かに届いた証拠なんだから」

 その言葉に、凌はゆっくりと視線を落とした。紙を握る指先に、少しだけ力が籠もる。
 誰かに届いた、という感覚はまだ曖昧で、実感なんてほとんどない。けれど、もし本当に自分のあの絵を見て、足を止めてくれる人がいるのなら――それは、少しだけ悪くない気がした。

「……行きゃいいんだろ、行きゃ」

 照れ隠しにぶっきらぼうに言うと、紫がぱっと顔を輝かせた。

「うん!  絶対に行こうね!」
「なんで綾瀬先輩まで行く気満々なんすか」
「そりゃ見るでしょ!  後輩が大賞だよ!?」

 また騒ぎ始めた紫を見て、碧南が小さく吹き出した。釣られるように、凌の口元も僅かに緩む。
 夕暮れ色に染まる美術室。二人の笑い声と、西陽に熱を持った絵の具の匂い。
 その全てが、今だけは少しだけ眩しく感じられた。







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