君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
◆Redsky
見つけた想い
休日の校舎は普段の喧騒が嘘のように静まり返っており、窓から差し込む昼下がりの柔らかな陽射しだけが、誰もいない長い廊下を淡く照らし出していた。
風に吹かれて掲示物がパタパタと揺れる音。
校舎の何処か遠くから響く、微かな話し声。
綺麗に磨かれたリノリウムの床に反射する、白い光。
そんな静寂に満ちた廊下を、紫と碧南の二人が並んで、ゆっくりとした足取りで歩いていた。
「ほんとに、こんなところまで来ることになるなんてね」
隣を歩く碧南に視線を向けながら、紫が小さく呟く。その口元には、これから始まる時間への期待を隠しきれない楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「そう言って、誰よりも凌の絵を見たがってたのは紫のくせに」
隣を歩く碧南が、いつものように呆れ半分といった様子で言葉を返す。
彼女の言葉に、紫はわざとらしく眉を寄せてみせた。
「……本当、相変わらず悪趣味なんだから」
「またそんなこと言って。少しは自分の気持ちに素直になればいいのに」
碧南は小さく肩を竦めながら、ふっと悪戯っぽく笑った。
言われた紫はむっと頬を膨らませ、そっぽを向く。
「だって、どうしても気になっちゃうじゃん。ついこの前入学してきたばかりの、デッサンの基礎すら怪しかった後輩が、いきなり全国規模のコンテストで最優秀賞を取っちゃうんだよ? 先輩として見届けないわけにいかないでしょ」
「まぁ……予想外の事態だっていうのは、私も同意するけど」
「でしょ?」
我が意を得たりとばかりに、紫は嬉しそうに身を乗り出した。
「しかも凌君、自分の絵がこんな立派な場所に展示されるっていうのに、最後まで全然実感がなさそうだったし。あんなポカンとした顔の最優秀賞受賞者、初めて見たよ」
「それは、紫が周りで騒ぎ過ぎて、あの子が呆れてただけだと思うよ」
「だって、嬉しいんだもん」
紫の答えは即答だった。そこには一切の計算も嘘もなく、ただ純粋に後輩の躍進を喜ぶ、温かい部長としての顔があった。
碧南はそんな紫の横顔を盗み見るようにして、少しだけ愛おしそうに瞳を細める。
廊下の大きな窓から吹き込んだ五月の風が、碧南の長い黒髪を静かに揺らした。
今日の彼女は、学校で見せるいつもの制服姿ではなく、私服の淡いサックスブルーのカーディガンを羽織っている。
薄暗い病室で動かない先輩と向き合う時とも、放課後の美術室で狂気的に筆を握る時とも違う、何処か棘の抜けた穏やかな雰囲気を、今日の彼女は纏っていた。
やがて二人は、目的地である教室の入り口――その横に設置された、大きな立て看板の前で足を止めた。
『高校生芸術コンテスト 入賞作品展示会』
白地の看板には、誇らしげに黒い文字が丁寧に印刷されている。
開け放たれた臨時の展示会場の扉からは、すでに中を訪れている一般の観客立ちの、低く抑えられた感嘆の話し声が微かに漏れ聞こえていた。