赫い滴と湿った吐息

第三話:朝靄の取極め、終わらない契約 1

​「……もう、朝だね」

少女の掠れた声が、遮光カーテンの隙間から漏れる白濁した光に溶け、部屋の隅へ消える。

鼻腔を支配するのは、冷え切った汗の残り香と、清掃の行き届かないカーペットの埃。

視界に映る彼女の背中は、昨夜の蹂躙の痕跡を赤く散らし、痛々しいまでの白さを晒していた。

​「ああ、街が動き出している」

男の低い声が、静寂を取り戻した室内に響き、現実に引き戻す合図のように重く沈殿する。

耳朶を打つのは、遠くで規則正しく鳴り響く、カラスの不吉な鳴き声と始発の加速音。

舌先に残る安物の紙コップの水の味は、喉の渇きを癒すどころか、苦い虚無を際立たせた。

​「おじさん……これ、約束の」

少女が震える指先で差し出したのは、クシャクシャになった五千円札が数枚。

触れ合う指の冷たさが、昨夜の狂おしい熱がすべて幻であったかのように、男を拒絶する。

視覚を奪うほどの無機質な蛍光灯が点き、彼女の腫れぼったい瞼と、嘘の剥がれた顔を暴いた。

​「足りない。お前が失ったものの対価としては、あまりに安すぎる」

男の言葉が、彼女の細い肩を物理的な重圧となって押し潰し、部屋の温度を一気に奪う。

掌に伝わる彼女の使い古された鞄のナイロン地は、安っぽく、そして残酷なまでに軽い。

遠くで、隣の部屋のドアが閉まる乾いた音が、一夜限りの夢の終わりを告げていた。

​「……じゃあ、どうすればいいの」

彼女の瞳から零れ落ちた一滴の涙が、汚れたシーツに、新しい闇の染みを作っていく。

窓の外、朝靄に包まれた新宿のビル群が、逃げ場のない二人の檻のように聳え立っていた。

溢れ出す共依存の予感が、契約という名の鎖となり、二人の足首を深く、強く縛り付ける。
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